17/12/17

国民栄誉賞ってどうなんだろうか

プロ棋士の羽生さんが、ついに永世七冠を達成した。おめでとうございます。羽生さんは2008年の竜王戦でも、同じ渡辺竜王との対局で先に3勝して、あと1勝すれば永世七冠達成というところまでいきながら、その後4連敗を喫してしまったという過去がある。あのときは、仕事中に2ちゃんねるの書き込みを見ながら、ドキドキして羽生さんを応援していたことを思い出す。

あのときは、どちらか勝ったほうが初代の永世竜王ということで、かなり注目が集まっていた。そこで、羽生さんがいきなり三連勝したので、羽生さんファンの自分としては、「よっしゃー、これで間違いなく初の永世七冠誕生だ!」と喜んでいたら、その後まさかの四連敗で負けてしまい、かなりショックだった。あのときは、「これで羽生さんも終わりか」と思ったものだ。

そんな羽生さんに国民栄誉賞を授与したらどうだろうという展開になっているらしい。それにつられて、将棋の親戚みたいな囲碁界でも、井山君という若い人が七冠を達成したらしいから、ついでに井山くんにも国民栄誉賞を授与したらいいんじゃないの、羽生さんだけにあげるのもなんだしね、みたいな感じで盛り上がっているようだ。

いや、たしかにすごいとは思う。羽生さんにしても井山さんにしても、その世界ではダントツの実力を持っていて、だからこそ、こういう偉業を達成できたわけだし、今回の国民栄誉賞がどうのこうのという話にもなったわけだけれど、将棋とか囲碁って、国民栄誉賞としての対象になるくらいの大きなマーケットだろうか。そもそも国民栄誉賞って、こんなにマニアックな分野を対象にすべきものなのだろうか。

はっきり言って、将棋と囲碁なんて、思い切りマイナーなゲームだ。実際の競技人口がどれくらいいるのかは知らないけれど、囲碁や将棋を見る機会というのは、休日のお昼にNHKで放送されている囲碁将棋の番組くらいのもので、普通に日常生活を送っている限りでは、囲碁や将棋に接する機会は皆無といってもいいくらいだ。

街を歩いている人に「将棋の棋士と囲碁棋士をどれくらい知っていますか」という質問をしてみれば、日本において囲碁と将棋がどれくらいマイナーな存在であるかがわかると思う。おそらく、ほとんどの人は、羽生さん、藤井くん、ひふみんくらいしか知らないだろう。将棋に興味を持っている自分にしたって、顔と名前が一致するのは2〜30人くらいだ。囲碁にいたっては、伊山さんしかわからない。

将棋に興味を持っているとはいっても、実際に将棋を指すことが好きなわけではなくて、奨励会というプロ予備軍で厳しい戦いを勝ち抜いてプロ棋士になるという、その独特の世界に興味があるだけのことだ。実際の将棋については、かろうじてコマの動かし方がわかるくらいだ。お情けで8枚くらいの駒落ちで勝ったことがあるだけで、これまでに一度も真剣勝負で勝ったことがない。

ただ、それくらいのレベルでも、日本人全体の平均から見れば、自分の将棋偏差値は50を超えていると思う。将棋のルールさえ知らないという人の方が圧倒的に多いだろう。と思って競技人口を調べてみたら、将棋が530万人で、囲碁が200万人ということだ。パチンコ人口は940万人らしいので、それを考えるとけっこうメジャーなのかなと思わないでもないが、それを認めるとこれまでの前提が破綻してしまうので、ここは華麗にスルーしたい。

それに、囲碁や将棋のプロとはいっても、結局は趣味の延長みたいなもので、特に何かを生み出しているというわけではない。意地悪な言い方をすれば、いい年をした大人が年がら年中囲碁や将棋を指して遊んでいるようなもので、生産的な行為は何一つ行っていないということになる。たとえば、ゴミ回収の作業者が一斉にいなくなってしまったらものすごく困ったことになるけれど、プロ棋士が一斉にいなくなっても、世の中は変わらずに回っていくだろう。

これは、囲碁や将棋だけに限った話ではなくて、プロスポーツについても同じことが言える。歴代の国民栄誉賞受賞者にはプロスポーツ選手が多いけれど、彼らにしても特に何か生産的な行為をしているというわけでもなく、世の中から一斉にプロスポーツ選手がいなくなったとしても、とりあえず自分が生きていく上での物理的な障害は何もない。

それはもちろん、プロスポーツは巨大なマーケットを形成しているから、それに携わっている人たちにとっては死活問題になるけれど、だったらほかの仕事を見つければいいだけのことで、プロスポーツがなければ生きていけないということにはならない。なので、世の中になくてもいいような分野で自分の特技を極めた人に贈られるのが国民栄誉賞ということになる。

もちろん、プロスポーツ選手やプロ棋士のことを非難しているわけではない。ただ、ことさら栄誉を称えるほどのことなのかなという気はする。彼らはすでに、社会的な地位も名声も、有り余るほどの富も得ているわけだから、これ以上ことさらに褒めたたえる必要もないだろう。なんだか、おいはぎに銭、みたない感じがする。いや、このたとえは正しくないか。濡れ手に粟とか? いや、これも違うな。まあとにかく、そういう感じだ。



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