17/07/30

読書感想文について考えてみる

世の中はすっかり夏休みモードに入っているらしい。夏休みの思い出はいろいろとあるけれど、やっぱり宿題には苦労させられた。1か月を超える長期の休みということで、宿題の量も多く、夏休み帳にはじまり、漢字ドリル、計算ドリル、絵日記、読書感想文、自由研究などがあった。こうやって並べてみると、小学生がこなすにしては結構なボリュームだ。



休みに入ったばかりの頃は、とにかくスタートダッシュで飛ばせるだけ飛ばして、お盆前にはすべての宿題を片付けてしまおうと考えるのだけれど、そんなにうまくいくはずがない。夏休み帳とドリルについては、まあなんとかなる。ドリルは時間さえかければいつかは終わるし、夏休み帳については、とりあえず自分でできるところだけ埋めて、わからない問題については親や兄に教えてもらっていた。

最後まで残ってしまうのが、自由研究と読書感想文だった。自分は、特に好奇心の強い子供ではなかったから、何かについて研究しろと言われても何も思い浮かばない。だから、いつも自由研究には苦労していた。自分だけでなく、ほとんどの子供たちが自由研究を嫌っていたはずだ。子供だから自由な発想が出てくるだろうなんて考えるのは大きな間違いで、そもそも何も考えていないのが子供なのだ。

読書感想文にも苦労させられた。普通の作文であればそこそこ得意だったけれど、本を読んだ感想を書くとなると、とたんに手が止まってしまう。本を読んだ感想なんて人それぞれで、それを文章にすることにどれほどの意味があるのだろうか。もっと言えば、本を読んだ感想なんて、「すごく面白かった」、「まあまあ面白かった」、「つまらなかった」くらいのもので、それ以上の感想を求められても困る。

もちろん、子供の頃にこんなひねくれたことを考えていたわけではなかったけれど、「面白かった」とか「つまらなかった」という感想だけではどうしてダメなんだろうということは、なんとなく思っていたような気がする。先生は、何が面白かったのか、なぜ面白いと感じたのか、その理由を書きなさいと言っていたけれど、そんなことを考えながら本を読む人なんていないだろうとも思った。

それと、本のあらすじと感想をどういう構成で書けばいいのかということについても、よくわからなかった。原稿用紙のほとんどをあらすじで埋めて、最後に「面白かったです」という感想を書くというのは、最悪な読書感想文だと教えられたが、感想を書くからには物語のあらすじを書く必要があるわけで、じゃあどういう感じであらすじを紹介すればいいんだろうと悩むわけだ。

結局、あらすじの合間に感想をはさみながら書き進めるというスタイルになる。感想といっても、本当に何を書いたらいいのかわからず、無理やりな感想をひねり出して書いていたような覚えがある。後から無理やりひねり出した感想を書き連ねた感想文なんて、いったい何の意味があるんだろうと思っていた。だから、読書感想文は本当に嫌いだった。

しかし、いまから思えば、この「後から感想を無理やりひねり出す」ということこそが、読書感想文の大きな目的だったのだろう。もちろん、読む力と書く力を付けるというのも大きな目的ではあるだろうが、それよりももっと重要なのが、「深く考える力を付ける」ということだと思う。何が面白かったのか、なぜそれを面白いと感じたのか、そういうことを深く考えさせるということこそが、読書感想文の目的なのだろう。

多くの子供が読書感想文を嫌っているのは、深く考えるのが面倒だからだと思う。算数や理科の問題ならば、はっきりとした答えが用意されていて、その正解にたどり着く道筋も多くの場合は一つしかないから、深く考えるというプロセスもきわめて明快だ。しかし、読書感想文の場合は明確な正解が存在しないから、自分の気持ちと向き合ってなんとかして考えをまとめるしかない。

考えてみれば、これはかなり苦痛を伴う行為だと思う。多くの子供たちが読書感想文を嫌うのも無理はない。感想を書くということは、自分のこれまでの経験や考え方をベースとして、そうしたものと比較しながら自分の意見を述べるという行為にほかならないわけだから、まだ経験らしい経験も積んでいない、しっかりとした考え方もできていない子供にとって、読書感想文はまさに苦行のようなものだとさえ思う。

だからといって、読書感想文なんてやめちまえと思っているわけではない。本を読んだ感想を後付けで無理やりひねり出して書くという行為は、それなりに意味のあることだと思う。自分の考えをまとめて、わかりやすい文章で表現するという能力は、社会に出てから大いに役立つ。しかし、読書感想文の意義をきちんと教えることなく、ただ書きなさいというだけでは、子供たちも嫌がるだろう。

ただ、こうしたことは大人になって初めて理解できるという場合もあるから、子供たちに読書感想文の意義を理詰めで説明しても、そのまま理解してもらえるとは限らない。おそらく、ほとんどの子供は理解できないだろう。だったら、説明するだけ時間のムダだから、理由はいいからとにかく書きなさいという方法も間違いではないと思う。結論としては、読書感想文は嫌いだったけれど、もしかしたら何かの役には立っているのかもしれないということだ。



今週の覚書一覧へ

TOP