17/07/02

まじめすぎる訳文は読みにくい

翻訳の仕事で自分が最もストレスを感じるのは、ほかの人が翻訳した文章をレビューするときだ。お金をいただいて翻訳をしている人というのは、定義としては一応プロの翻訳者ということになるわけだけれど、この業界には、本当にプロなのかと思うくらいにレベルの低いプロがゴロゴロいる。もちろん、自分だって偉そうなことは言えないけれど、おそらく平均以上の力はあると思っている。

自分が一番嫌いなのは、何も考えずに原文に忠実に訳している文章だ。「原文に忠実に」というと聞こえはいいけれど、要は「ただ横のものを縦にしてみますた」というだけにすぎない。こういう訳文を読むと、「コイツ、自分で訳しておきながら、絶対に意味がわかってないな」ということがすぐにわかる。たしかに原文には忠実に訳しているのだが、あまりにも忠実すぎて、さっぱり意味が伝わってこないのだ。

たとえば以下の英文だったら、どのように訳すだろうか。

The A argument interacts with the B argument, which enables or disables processing of mission-critical jobs and their predecessors.

これは、ソフトウェアのマニュアルに出てくる英文で、いろいろなオプションを一覧形式で説明しているセクションに出てくる文章だ。文法的には、特に難しいところはない。一読すれば、だれでもすんなりと理解できるような英文だと思う。少なくとも、自分は一読しただけですぐに意味がわかった。しかし、原文に忠実に翻訳した場合、以下のような訳文になってしまう。

A引数は、主幹業務ジョブおよびその先行の処理を有効または無効にするB引数と対話します。

この訳文を読んだときには、ちょっと笑った。「which」の先行詞をB引数だと解釈している時点で明らかな誤訳だけれど、この訳文をいくら読んでみてもさっぱり意味がわからない。そもそも、A引数とB引数が対話するって、どういうことだろうか。何か大事な話でもあって、「ちょっとこっちに来いよA引数」、「なんだよB引数」みたいな対話でもするのだろうか。まさかそんなはずはないだろう。自分だったら、以下のように訳す。

A引数とB引数の組み合わせにより、主幹業務ジョブ処理とその先行ジョブ処理の有効と無効を切り替えることができます。

「interact」という単語を、ただひたすら硬直的に「対話する」とか「相互作用」という意味で訳しているから、こういう伝わらない訳文になってしまう。こんなもの、普通に考えれば、「2つの引数があり、その組み合わせによってあれこれできるんだな」ということくらいは、すぐに思い浮かぶはずだ。とりあえず、引数同士がヒソヒソと対話するという展開にはしてほしくない。

あと、「predecessors」を単に「先行」とだけ訳しているのもわかりにくい。その前にちゃんと「job」という単語があるわけだから、ここはわかりやすく「先行ジョブ」と訳すべきだと思う。どこをどう読んでも、「predecessors」というのは、「mission-critical jobs」の「predecessors」だろう。それ以外の解釈はまず不可能だ。だったら、自信を持って「その先行ジョブ」と訳してほしい。

ついでに、もう一つ紹介してみる。

Under System Administrators section, you can add more administrators. This important step ensures that you are not a single point of failure for system management.

これは、後半の文章が少し難しいかもしれない。正直なところ、この原文はあまりうまい文章だとは言えない。というか、この文章で正しく意味をくみ取って訳してくれなんていうのは、ちょっと無茶な話だと思う。しかし、前半の文章との関連を考えれば、なんとなく原文の意図はつかめる。ただ、そうしたことを考えずに、ひたすら原文に忠実に訳した場合は、以下のような訳文になるらしい。

「システム管理者」セクションで、管理者をさらに追加できます。この重要な手順を実行することで、自身がシステム管理の単一障害点になっていないことを確認できます。

原文と訳文を比べた場合、この訳文はたしかに誤訳とまでは言えないけれど、ちょっと意味がわからない。そもそも「単一障害点」って何だろうろかとか、「自身がシステム管理の単一障害点になっていないこと」って何だろうかとか、いろいろと考えてしまう。こういう感じで、読者にいろいろと考えさせてしまう訳文というのは、はっきり言って品質の低い訳文だと思う。自分だったら、以下のように訳す。

「システム管理者」セクションで、管理者をさらに追加できます。自分以外にも管理者を追加しておくと、何らかの障害が発生した場合に他の管理者にシステム管理業務を依頼できるため、この手順は重要です。

ちょっと意訳しすぎじゃないのと思うかもしれないが、この原文の場合、これくらいの訳文でないと、おそらく読者には理解してもらえないと思う。この原文が言いたいのは、システム管理者が自分一人しかいない場合、自分のマシンで障害が発生したりすると、システム管理業務が滞ってしまうから、そうした場合に備えて、ほかにも何人かバックアップ管理者を用意しておいた方がいいよ、ということだ。

ただ、こういう訳文を書くと、そんなことは原文には書かれていないからという理由で、クライアントからお叱りを受ける場合がある。いや、たしかにそれはそうだけれど、文脈から考えれば、こう言いたいということは明らかじゃないですか、と反論したくなるが、そんなことにいちいち反応するのも面倒だし、そもそもこういう硬直した発想の人に反論したところで、こちらの意図を理解させることは難しい。

自分たち翻訳者の務めというのは、読者にいかにストレスを感じさせずに、原文の意図するところをなるべく正確に伝えることだと思っている。これはきわめてまっとうな考え方だと思うのだが、そう考えない翻訳者やクライアントはけっこうな割合で存在するようで、いったいだれのために仕事をしてるんだよと思ってしまうことが多い。レベルの低い原文に忠実に訳していたら、意味の伝わらない訳文になってしまうのは当然のことだ。

おそらく、みんなまじめすぎるのだと思う。原文がいくら長くても、一文で書いてあれば訳文もそれに従って一文で書いてみたり、明らかに文脈に沿っていない訳語であっても、メモリーに登録されているからという理由でそのまま使用したり、とにかくまじめすぎて融通が利かない訳文があまりにも多い。こういうまじめすぎる人というのは、自分が読者だったら、という視点が欠けているのだと思う。



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