16/12/18

翻訳業界の現状について真剣に語ってみる

フリーランスとして契約している翻訳会社から、単価引き下げの要請がきた。その会社の内情はよくわかっているので、そろそろそういう話がくるだろうなと予想はしていたが、実際に単価引き下げということになると、やはり穏やかな気持ちではいられない。その翻訳会社の大口のクライアントがとにかくケチで、数年ごとの契約見直しのたびに強引に単価引き下げを要求してくるので、そのとばっちりが自分たち外注翻訳者にもきたというわけだ。

今回の単価引き下げは、外注翻訳者に対して一斉に行うものらしい。ほとんどの外注翻訳者は、最初からしかたがないとあきらめて素直に単価引き下げに応じるらしいが、自分はそこまで人間ができていないので、どうせダメだろうなとわかっていながら、一応は抵抗してみた。今度から単価を引き下げますよと言われて、はいそうですかわかりましたと答えるだけなんて、あまりにも悔しい。

外注翻訳者の場合、契約単価だけが、自分を評価してくれる物差しになる。それを下げられるということは、自分の評価を下げられるということにほかならないわけで、金銭的な問題というよりもプライドにかかわる問題だと言ってもいい。実際に、今回の下げ幅は2パーセントくらいなので、大勢に影響はないと言えなくもないが、これは単に金額の問題ではなくプライドの問題なのだ。

単価を引き下げられて喜ぶフリーランスなんて一人もいないわけで、みんな心の中では「こんな安い単価でこんなめんどくさい仕事なんてやってられるか!」とつぶやきながら、「でも仕事がもらえなくなると困るしなあ」と思い直して、あきらめ半分の気持ちで仕事をしているのだろう。仕事をもらう立場のフリーランスとしては、仕事がもらえなくなるのが何よりも怖いから、発注元の要請には従わざるを得ない。

しかし、こんな気持ちで仕事をしていて、いいものができるはずがない。単価の引き下げはモチベーションの低下につながり、モチベーションの低下は品質の低下につながる。品質が低下すると、それをさらなる単価引き下げの理由に使われてしまい、また単価が下げられる。さらなる単価の引き下げがさらなるモチベーションの低下につながり、その先は無限の負のスパイラルへと陥っていくわけだ。

とまあ、そんな感じの要旨で単価引き下げに抵抗したのだけれど、「心苦しいお願いであることは重々承知していますが、皆さんにお願いしていることですので云々」という予想通りの回答で一蹴されてしまった。一律に引き下げるのではなく、一人ひとりの品質などを考慮して下げ幅に差をつけてほしいということもお願いしたのだが、具体的な回答をもらうことはできなかった。

自分の場合、翻訳会社で正社員として働いているので、副業がなくなっても生活に困るということではないけれど、そもそもの給料が極端に低いから、副業で得られる収入は貴重だ。少しばかり単価を下げられたからといって、それに腹を立てて契約を解除したら、結局は自分が損をする。ということで、泣く泣く単価の引き下げに応じたわけだが、いまも胸のモヤモヤが晴れないままでいる。

早いもので、自分が翻訳業界に入ってから15年近くになるが、その間に単価が上がったことなんて一度もなかった。どのクライアントも、不景気を理由に単価の引き下げを要求してくるばかりで、お宅はよくやってくれてるから単価を上げましょう、なんて言ってくれる奇特なクライアントにはこれまで出会ったことがない。おそらくこの先も、そんなクライアントに出会うことはないだろう。

クライアントにとっては、自社で製造するソフトウェアやハードウェアこそが商品であって、それに付属するマニュアル類は商品ではない。マニュアル単体で売り出したところで、だれも買わない。つまり、クライアントにとっては、翻訳されたマニュアルというのはすべてコストということになるわけで、だったらコストを削減するために翻訳の単価を下げようと考えるのは当然と言えば当然だ。

しかし、行き過ぎた単価引き下げというのは、結局のところ自分たちの首を絞めることになるということに気付く必要がある。上に書いたように、発注元の単価引き下げから無限の負のスパイラルが始まるわけだから、最終的には自分たちが提供する商品やサービスの品質が低下することになる。コストが下がってよかった、なんて喜んでいるうちに、品質まで下がってしまうことになりかねない。

翻訳業界がこの先どうなっていくのかを考えると、どうしても暗い気持ちになってしまう。少なくともIT翻訳業界に限っては、明るい材料が一つもない。やたらとツールばかりが増えて、ツールによる効率化を理由に単価はさらに引き下げされるだろうし、まったく役に立たない機械翻訳なんてものを利用しようとしている傾向もあって、単価だけでなく、仕事の面白さもどんどん下がってきている。

それでも、自分たちの世代はまだいい。なんだかんだ言いながらも、自分たちが現役でいる間は、細々とでも食べていけるだけの仕事はあるだろう。しかし、いまの若い人たちにとっては、まさに死活問題だと思う。この先、現役を引退するまで仕事があるのかどうか、あったとしても、家族を養っていけるだけの収入を確保できるのかどうか、心配の種は尽きない。

いまから翻訳業界を志そうとしている若い人がいたら、大変だからやめておけとアドバイスしたい。仕事が大変だということではなく、単純にお金の面で苦労するということだ。自分のように、平日はフルタイムで勤務して、休日はせっせと副業に励んでも、大手企業に勤務する同年代の管理職に比べたら、おそらく半分くらいの年収しかないだろう。それくらい稼げない仕事なんだよね、翻訳って。



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