16/10/16

ノーベル文学賞と村上春樹

今年のノーベル文学賞はボブ・ディランに贈られることになった。歌手がノーベル文学賞を受賞するのは史上初のことらしく、世間では驚いている人が多い。自分もその一人で、ボブ・ディランが受賞したというニュースを見たときには、へえ、ボブ・ディランって小説も書いてるんだ、それは知らなかったなあ、今度読んでみないと、などとかなりマヌケなことを考えたりした。

今回の決定はたしかに画期的なことだとは思うけれど、やっぱり歌手に文学賞を贈るのはちょっと違うんじゃないかと思ってしまう。どんなに文学的な歌詞を書いたとしても、それは素晴らしいメロディーに乗せて歌うから心に響くのであって、単に歌詞を朗読しただけでは、まったくの別物になってしまう。メロディーがあっての歌詞だから、それはやっぱり音楽として評価すべきであって、文学として評価するのはおかしい。

まあ、ノーベル賞側としても、今回の件はあえて反論が起きることを予想してのことかもしれない。いま流行りの炎上商法みたいなもので、わざと議論を巻き起こすような人選をして、もう一度ノーベル文学賞というものに世間の注目を集めたかったのかもしれない。もしそうであれば、ノーベル文学賞自体がかなり行き詰っている状態だと自ら暴露したようなものだ。

この覚書でも何度か書いているけれど、ノーベル文学賞なんてやめた方がいい。読み手によって評価がさまざまに異なるのが文学というものであるにもかかわらず、もっともらしい理由をこじつけて無理矢理評価することにどれほどの意味があるのだろうか。小説なんてものは、その人が読んで面白いかどうかということだけが重要なのであって、他人の評価なんてまったく意味がない。

そんなわけで、毎年ノーベル文学賞の最右翼として名前が挙がる村上春樹は、今年もやっぱり受賞を逃した。おそらく、村上春樹自身は受賞できないことについてなんとも思っていないだろうが、受賞を心待ちにして無駄に盛り上がっている熱心なハルキストたちが可哀そうすぎる。というか、面白すぎる。受賞できることを信じてどこかの店に集まってワクテカ状態になっているハルキストたちは、もはやこの時期の風物詩になっている。

前にも書いたことがあるが、自分は村上春樹がノーベル文学賞を受賞することはこれから先もないと思っている。これほど「今年こそは受賞するに違いない」と言われ続けているのに受賞できないということは、村上春樹の小説はノーベル文学賞向きではないという何よりの証拠だ。つまり、ノーベル文学賞の選考委員は、村上春樹の小説が嫌いなのだ。

自分は、あの村上春樹の独特な文体がどうにも好きになれず、大学生の頃に途中まで読んで挫けたことがある。それ以来、村上春樹の小説を読む機会はなかったのだが、もしかしたら英訳版なら読めるかもしれないと思い、去年から今年にかけて9冊の作品を読んでみた。とりあえずこれくらい読んでおけば、村上春樹について多少のことは語ってもいいだろう。

うまく表現できないけれど、村上春樹の小説はノーベル賞という感じではないと思う。どのあたりがそう感じるのかと聞かれるとうまく答えることができないけれど、なんとなくそういう気がする。ノーベル文学賞向きの小説というのは、大したこともないテーマをやたらと難しく書いてみたり、あるいは崇高なテーマをそのままストレートに書いてみたり、そんな感じの小説が向いているような気がする。

たとえば、村上春樹の小説は、ポール・オースターが書く小説の雰囲気によく似ていると個人的には思っているのだけれど、いくらポール・オースターが人気のある作家だとはいっても、彼がノーベル文学賞を受賞することはまずないだろう。ああいうちょっと不思議な感じのする作風というのは、ノーベル文学賞向けの小説ではないと思う。

これまでに読んだ村上春樹の作品の中では、「ノルウェイの森」が一番面白かった。この小説は、村上春樹にしては珍しくわかりやすい作品で、かなりストレートな恋愛小説だと感じた。これなら読めるなと思って、それからもいくつか読んでみたのだが、どうやら「ノルウェイの森」は例外的な作品らしく、どれもこれもよくわからないようなものばかりで、もう村上春樹はいいやと思って読むのをやめた。

思わせぶりな伏線を物語の途中でいくつも張っているのに、結局ほとんど回収しないまま終わってしまうので、読み終わってもなんだかものすごくモヤモヤする。そのあたりは読み手が自由に解釈しろということなのかもしれないが、それってあまりにも不親切すぎないだろうか。自分はあまり頭がよくないので、いちいち説明してもらわないと理解できないのだ。

こんな書きっぱなしの小説が世界中で支持されているわけだから、本当によくわからない。だいたい、こんな書きっぱなしの小説でも売れるというのがすごい。というか、こんな感じでいいなら楽だよなとすら思ってしまう。それに比べて、ミステリー作家は偉いと思う。あの手この手でいろんなトリックを考え、作中では周到に伏線を張り、ラストでそれらの伏線を見事に回収していくわけだから、並大抵の労力ではない。

というわけで、熱心なハルキストたちには申し訳ないが、この先も村上春樹がノーベル文学賞を受賞することはないだろうと予想している。村上春樹本人も、いまさらそんなものはいらないと思っているに違いない。そもそも、ノーベル文学賞自体がまったく必要ないものだと思うが、ワクテカ状態のハルキストたちがガカーリする様子を見るのは面白いので、そのためだけにノーベル文学賞が存在していてもいいかなとは思う。



今週の覚書一覧へ

TOP