16/10/09

「殺したがるバカども」の一人として瀬戸内寂聴さんの発言について考えてみる

日弁連が開催した死刑制度に関するシンポジウムに寄せた瀬戸内寂聴さんのビデオメッセージが話題になっている。瀬戸内さんによれば、「人間が人間の罪を決めることは難しい。日本が(死刑制度を)まだ続けていることは恥ずかしい。人間が人間を殺すことは一番野蛮なこと。みなさん頑張って『殺さない』ってことを大きな声で唱えてください。そして、殺したがるバカどもと戦ってください」ということらしい。

瀬戸内さんはこんな発言をして、突っ込まれないと思っていたのだろうか。だいたい、バカって言った人がバカなんだからねと、子供の頃に言われなかったのだろうか。自分もこの覚書で、かなりの頻度で「バカ」というフレーズを書いている気がするが、それは自分がバカだからだ。ただ、そんなバカな自分でも、大勢の人が集まるシンポジウムで「バカ」なんて言ったりしない。

そもそも、瀬戸内さんのロジックはおかしい。「人間が人間を殺すことは一番野蛮なこと」というのはそのとおりだけれど、その批判の矛先がなぜ死刑制度存続の支持者に向けられるのかがわからない。人間として一番野蛮なことをした犯罪者をまずは非難すべきだろうに。本当に戦うべき相手は、「殺したがるバカども」、つまりは人を平気で殺す犯罪者だと思うのだが。

自分は、以前から瀬戸内寂聴という人が嫌いだった。なんだかいっぱしの宗教家を気取ってすべて悟ったようなことを言っているけれど、どうにもウソくさい感じがして好きになれない。今回のことだけでなく、反原発運動に参加していることについても、なんだかなあと思ってしまう。あんたは政治家じゃなくて宗教家なんだろと、思わず言いたくなってしまうのだ。

瀬戸内さんに限らず、左寄りの人たちというのは、最初に結論ありきでロジックを展開するような傾向があるから困る。今回の瀬戸内さんの発言がそれを端的に表していて、「死刑制度支持者イコール野蛮な人」というあまりにも野蛮な理論になっている。いやいや、冷静に考えてくださいよ、瀬戸内さん。一番野蛮なのは、平気で人を殺す犯罪者でしょうが。

これと同じような野蛮なロジックがどこかにあったよなあと考えてみたら、つい最近まで盛り上がっていた集団的自衛権に反対する運動で学生団体のシールズなどが連呼していた「戦争反対!」というキャッチフレーズを思い出した。これなんかも本当に短絡的な考え方で、今回の瀬戸内さんの発言と非常によく似ている。あまりに似ているので、つい笑ってしまったくらいだ。

日本の戦争責任を問う人たちも同じような感じで、第二次世界大戦で日本はとんでもないことをした、日本は侵略国家としての責任を負うべきだと、最初から全面的に日本を悪者にしてロジックを展開するところが厄介だ。たしかに、いろいろと反省すべきところはあるだろうけれど、すべて日本の責任というわけでもないだろう。そもそも、弱い国を植民地として支配してきたのはヨーロッパ諸国の方がずっと先なんだから。

ということで、自分も「殺したがるばかども」に含まれるわけだけれど、短絡的に死刑制度を支持しているわけではない。これまでに、死刑制度に関する書籍は反対派のものも含めて何冊か読んでいるし、自分の頭でもそれなりに考えてきた。自分の死刑制度に対する考え方はこの記事で書いているので、ここで改めて書くことはしない。

ただ、以前にも書いたことだが、現在の制度にまったく問題がないと思っているわけではない。まず、どんなに冤罪が疑われる事件であっても、ひとたび刑が確定すると、再審が認められるケースはほとんどないという点が問題だ。それまでの審理で万全を尽くしているから、よほどの新事実が出てこない限り再審の必要はないというのがその理由だけれど、実際にはそれほど万全でもない。

日本では、冤罪で死刑になった例はこれまでに一つもないが、それは建前上の話で、冤罪が強く疑われていたにもかかわらず、死刑が執行されたケースは実際にある。このケースは、死刑執行後に新しい証拠が出ていないから冤罪になっていないだけのことで、実際には冤罪だったのではないかという意見はいまだに根強く残っている。

冤罪の人間を死刑台に送ってしまうようなことがあれば、死刑制度の根幹を揺るがすことにもなりかねないわけだから、再審制度についてはもっと柔軟に対応できる制度に変える必要があると思う。そのほかに、死刑確定後の減刑措置を設けてもいいのではないかと思っている。恩赦などという気まぐれな制度ではなく、死刑囚の希望になるような制度があればいいのにと思っている。

もちろん、死刑判決を受けるような人間は、更生の余地もないくらいにひどい犯罪者が多いわけだけれど、中には立派に更生する死刑囚もいるらしい。かなりのレアケースだけれど、こういう死刑囚と手紙や面会で交流を持った被害者の遺族が、死刑囚が真摯に反省していることに感銘を受け、死刑を減刑してほしいという嘆願書を裁判所に提出するケースもあるらしい。

死刑制度の存在意義の一つが、被害者遺族の感情を考慮するということだから、被害者の遺族が望むのであれば、死刑の減刑というのも検討すべきことではあると思う。とにかく、死刑制度というのは感情的なことが絡んでくるからなかなか難しい。死刑制度支持派の自分としても、100パーセントの確信を持って支持しているわけでもない。だから、瀬戸内さんみたいに「バカ」呼ばわりまでして断言できる人は、ちょっとだけうらやましい。



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