16/08/28

天才登山家の栗城史多氏に夢中な件について

栗城史多(くりきのぶかず)という登山家のことをご存じだろうか。まあ、知っている人は少ないだろうが、栗城氏は知る人ぞ知る有名な登山家だ。自分は、登山なんていう危ないことはやりたいとは思わないのだが、登山自体にはけっこう興味があって、新田次郎の山岳小説や、夢枕獏の「神々の山嶺」を読んだことがある。ついでに、超人的な登山家であるラインホルト・メスナーの自伝も読んだことがある。

そんな自分が栗城氏のことを知ったのは、2012年のことだった。栗城氏がエベレスト登山で両手に凍傷を負いながら、凍傷の治療に挑んでいるという記事をネットで読んだときに、なんて香ばしい人がいるんだろうと一発で興味を持った。なにしろ、右手の親指を除く9本の指が真っ黒に変色しているにもかかわらず、それを治そうとしているのだ。素人の自分が見ても、絶対に治癒は無理だろうと思うくらいのひどさだ。

しかし、本人は治ると信じていたらしく、怪しげな民間療法や再生医療を試している様子がSNSでたびたび公開された。そんな様子を見れば、普通の人間なら「早く指を切った方がいいのでは」と助言するところだと思うが、栗城氏のフォロワーは「がんがれ!」みたいな感じで無責任に煽るだけで、栗城氏も「やったります!」みたいに能天気な発言を繰り返していて、どっちもどっちだなと、そのやり取りをあきれてながら見ていた。

ネット上では、栗城氏に対する批判的な記事があふれていて、簡単にまとめると、大した実力もないくせにウソやごまかしで必要以上に自分を大きく見せる、という点で批判が集まっているという感じだ。ついでに言うと、大した中身のないポエムのようなきれいごとばかりを並べて、そういう雰囲気が大好きな人たちにアピールするというところも、個人的には香ばしい点だと思っている。

とにかく、この凍傷事件以来、栗城氏にすっかり夢中になってしまったというわけだ。結局、指の再生は断念して切断してしまうわけだけれど、それからも登山は続けていて、ついこの前6度目の挑戦となるエベレストに向かって日本を発った。そう、実にこれまで5回もエベレストに挑戦していて、そのすべてのチャレンジにおいてことごとく失敗しているわけだ。

栗城氏の名誉のために説明しておくと、栗城氏のエベレストチャレンジは、「気象条件の厳しい秋に、酸素ボンベを使わずに単独で登る」というスタイルを最大の売りにしている。ついでに言うと、中継機材を山に持ち込んで登頂の様子をネットで生中継するという斬新な試みにも果敢にチャレンジしている。ただ、そのためには莫大な費用がかかるため、常に金策に苦労しているらしい。

たしかに、この言葉通りのことを実現できればすごいことなのだけれど、残念ながらこれまでのチャレンジにおいて、登頂の可能性を感じさせるような登山は一回もなかった。なにしろ、最終アタックを行うために必要な高度にすらたどり着けていないので、登頂なんて夢のまた夢という状況が続いているのだ。まさに、言うは易く行うは難し、という言葉のお手本のような状況だ。

エベレストのような高い山に登る場合、かなりの長期間をかけて登ることになる。まずはベースキャンプを設営し、そこからある程度の距離を登って体を馴らしてからベースキャンプに戻り、今度はまたさらに高いところまで登って降りてくる、ということを繰り返す。これを高度順応といい、こうすることによって酸素の薄い高地に耐えられる体を作っていくわけだ。

その過程で、キャンプ1、キャンプ2などのキャンプ地を設営していくわけだけれど、通常の最終キャンプ地の標高は8,000メートルを超えた地点になる。これくらいの高度まで上がらないと、一日で山頂まで登ってまた最終キャンプ地まで戻ってくるのが難しくなるためだ。どんなに技術的に優れた人であっても、あるいは体力的に優れた人であっても、8,000メートル未満の標高から最終アタックをかけることは難しい。

にもかかわらず、凍傷を負った2012年のチャレンジで、栗城氏は7,500メートルの地点から最終アタックをかけた。これはアタックでもなんでもなくて、あまりにも無謀な試みだった。このときはNHKが取材に入っていて、このエベレストチャレンジが特集番組として放送される予定になっていた。おそらくそれが原因で、本人も無理だとわかっているアタックを仕掛けたのだろう。

テレビカメラが回っているのに、最終アタックすらできませんでしたというのでは、登山家としてあまりにもカッコ悪い。とりあえずアリバイ作りのためにポーズだけの最終アタックを仕掛けたところ、不運にも凍傷を負うことになったわけだから、その代償はあまりにも大きかった。これで登頂に成功したのならまだしも、8,000メートルの高度にすら達しなかったのに指を9本も落とすことになったわけだから、かなり悲惨だ。

山野井泰史というものすごい登山家がいるのだが、この人も左右4本の指を凍傷でなくしている。しかし、山野井氏の場合は、栗城氏なんかとはそのレベルが違う。奥さんとペアを組んで登山をしているときに奥さんが滑落してしまい、氷壁を降りて救出に向かうときに、グローブをしたままだと氷壁のとっかかりを探すこことができないため、素手で氷壁を探りながら降りていったのだ。

そのとき、失ってもいい指はどれかと冷静に考え、最初に左手の小指を使って氷壁を降りていった。左手の小指の感覚がなくなると、次に右手の小指を使い、それもダメになると、今度は左手の薬指を使った。こうして、左右の小指と薬指を失ったわけだが、無事に奥さんを救出して下山したというのだからすごい。あまりにもすごすぎて、同じ人間だというのが信じられないくらいだ。

こういうすごい登山家と比べると、栗城氏は技術的にも体力的にも著しく見劣りがする。いったい何が目的でできもしない「秋季エベレスト無酸素単独登頂」に挑むのかよくわからないが、こんなデタラメなことばかりしていたら、そのうち命まで落としてしまうことになりそうで心配している。栗城ウオッチャーの自分としては、毎回どんな言い訳で下山するのかを楽しみにしているので、絶対に命だけは落とさないでほしい。



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