16/06/19

イチローの「世界記録」を総論と各論から考えてみる

この前、「日本人の英語に対するイメージ」という覚書で、「Enjoy the Girl」というバカ丸出しのキャッチコピーをネタにしたけれど、最近になって「ENJOY, GIRLS」というコピーに変わっていることに気付いた。「Enjoy the Girl」でググると、「さすがにこれはないわ」みたいな記事がいくつもヒットするので、製作者もこれがどれほどマズいコピーであるかということに気付いたのだろう。

間違いなくこのコピーの製作者は英語が苦手なんだろうが、だったらなぜ英語の得意な人に確認しなかったのだろう。こういうコンセプトの広告を出したいんですけど、こんな感じのキャッチコピーでいいですかね? みたいに聞いておきさえすれば、「ああ、こりゃマズいね」という答えが速攻で返ってきただろうに。ちょっとした手間を惜しんだばかりに、とんでもない恥をさらすことになったわけだ。

ということで、イチローがピート・ローズの記録を塗り替えた。自分はイチローのファンなので、この日を心待ちにしていたのだけれど、開幕当初はこんなに早く達成するとは思っていなかった。なにしろ、去年の後半はものすごいスランプで調子を落としていたから、今年もかなり苦しむのではないかと心配していた。おそらく多くの人が、「イチローもそろそろ限界か」と思っていたはずだ。

日本では号外も出たりして盛り上がったけれど、アメリカでの反応はイマイチのようだ。日本の記録をメジャー・リーグでの記録に加算するのはいかがなものか、といったところだろう。ピート・ローズ本人も、「イチローの記録を世界一として認めるならば、自分がマイナーリーグで打ったヒットも加算してくれ」なんて言っている。これは、日本のプロ野球のレベルはアメリカのマイナーリーグのレベルと同じだと言っているわけだ。

たしかに、ピート・ローズの言い分にも一理ある。日本で活躍したスター選手が、メジャーに移籍してからはイマイチ、なんていう例はいくらでもあるが、その逆のケースはほとんどない。せいぜい、斉藤隆や大家友和あたりだろうか。また、メジャーではそこそこの活躍しかできなかった外国人が、日本に来ていきなりホームラン王になった、みたいなケースもかなり多い。

投手の場合、野茂をはじめとして日本人選手はメジャーでもかなり活躍するけれど、これが野手となると、メジャーで成功したのはイチローと松井くらいしかいない。ただ、その松井にしても、メジャー移籍後はホームランの数がかなり減っている。松井は、日本とアメリカでちょうど10年ずつプレーしているので、比較がしやすい。日本で打ったホームランは332本、メジャーで打ったホームランは175本と、ほぼ半分くらいにまで落ちている。

松井でさえも、メジャーでは日本と同じようには活躍できなかったことを考えてみても、日本のプロ野球のレベルはメジャーリーグのレベルよりも落ちると言ってもいいと思う。ということは、ピート・ローズの言い分も、総論としては間違っていないということになる。レベルの落ちる日本のプロ野球で打ったヒットには、メジャーリーグで打ったヒットと同じ価値はないということだ。

これは、総論としては正しいけれど、各論としても正しいのだろうか。メジャーリーガーとしてのイチローは今年で16年目のキャリアを迎えているわけだけれど、今年中に3,000本を超えることは間違いないだろう。つまり、たったの16年で3,000本を打ったことになるわけだ。他の3,000本打者を見てみると、ほとんどが20年以上かかっている。16年で3,000本に達した打者は一人もいない。

この数字だけを見ても、イチローの安打ペースがどれだけすごいかということがわかる。3年とか5年という短い期間ではなく、16年という長きにわたって成績を残してきたわけだから、この数字にはだれもケチをつけられないはずだ。つまり、メジャーリーグにおいても図抜けた存在であるイチローには、「レベルの落ちる日本のプロ野球で打ったヒットには、メジャーリーグで打ったヒットと同じ価値はない」という理屈は通用しないということになる。

だからといって、イチローの通算記録をピート・ローズの記録よりも高く評価しろと言っているわけではない。いくらデータを積み重ねて仮説を立てたたところで、「でも、実際にそうなるとは限らないよね」と言われてしまえば、反論はできないからだ。なので、イチローの記録は日米通算の参考記録として扱われるのもしかたがないと思う。

ただ、イチローもメジャーに移籍してから明らかに下がった数字がある。それはホームランの数だ。元々、長打力があるというイメージのバッターではなかったから、ホームランの数を気にする人はいないけれど、日本でプレーしていたときには毎年20本前後のホームランを打っていた。日本でのホームランの数が118本、メジャーでは113本と、それぞれのプレー年数を考えればかなりホームランが減っている。

これは、ホームランバッターが多いメジャーで生き残るために、あえてホームランを捨ててシュアなバッティングに徹したということだろう。これによってホームランが減り、その分ヒットが増えた。ただ、それによってイチローを低く評価する人がいることも事実だ。そういう人たちは、イチローのOPSの数字が低いことを指摘する。OPSとは、簡単に言うと、どれだけチームの得点に貢献したかという数字だ。

野球とは得点の多いチームが勝つスポーツだから、打者は得点への貢献度によって評価すべきという考え方に基づいて開発されたのがOPSらしい。当然、ホームランバッターの場合はOPSが高くなるし、イチローのようにシングルヒットが多いバッターのOPSは低くなる。まあ、これもしかたのないことだろう。バッターには、打順によってそれぞれの役割があるわけだから。

ということで、イチローの「世界記録」は、総論的には認められないけれど、各論として考えてみた場合、十分な説得力を持っていると思う。個人的には、イチローが世界のヒット・キングだと思っている。それにしても、ピート・ローズは器が小さい。本心はともかく、社交辞令でもいいからおめでとうの一言でも言えばいいのに、子供みたいな反応をすることはないだろう。マスコミに対する対応という点でも、イチローの方がずっと上だ。



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