15/09/06

遅ればせながら「火花」を読んでみた

かなりの「いまさら」感があるけれど、なにかと話題の「火花」を読んでみた。発売当初から大きな話題になり、いきなり数十万部を売り上げたと思ったら、芥川賞の受賞でさらに勢いがつき、現在では200万部を超えたらしい。印税率を10%と仮定すると、1冊1200円だから、作者に入る印税はおよそ2億4000万円にもなる。平均的なサラリーマンの生涯賃金に近い数字だ。

などと、つい下世話なことを考えてしまうくらいに売れているので、普段はベストセラー小説など読もうとも思わない自分だけれど、ちょっと読んでみようかという気になった。お笑い芸人としての又吉氏は特に好きでも嫌いでもないけれど、かなり頭がよさそうな人だなとは思っていた。外見からしても、なんだか芸術家みたいな雰囲気を感じさせる。

ということで、書店で本を手にしたのだが、いかにも薄い本だ。こんな薄い本に1200円も出すのはなんだかもったいない。これくらいのボリュームなら2時間もあれば読めるだろうから、何度かに分けて立ち読みしようかとも考えた。1回で30分くらい立ち読みすれば、3〜4回通えば一冊読み切れる計算になる。しかし、さすがにそれはどうかと思ってやめた。

中学生の頃に、眉村卓の文庫本を丸々一冊立ち読みしたことがあったが、それは子供だからこそ許される行為であって、いかに薄給の底辺サラリーマンとはいえ、48歳のいい大人がすることではない。ということで、芥川賞作品が掲載されている文芸春秋を買った。若い頃は、芥川賞作品の掲載号だけ買って読んでいたので、それを思い出したというわけだ。

まずは選考委員の選評を読んでみたのだが、どの人も偉そうなことを書いている。小説なんてものは、読んで面白いかどうかだけが重要なのであって、それ以外に価値はない。それを、ああだこうだともっともらしい理屈をつけて評価するとは、なんて不毛な行為なのだろう。非生産的行為の極みともいうべき小説なんて書いていながら、自分のことを何様だと思っているのだろうか。

それはともかく、今回の選考に関しては、又吉氏が有名人だということで多少のバイアスがかかっていることは間違いないだろう。無名の作家が同じ小説を書いたとして、果たして受賞できたかどうかは大いに疑問だ。選考委員としても、又吉氏に受賞させて話題作りにしようという意識がどこかで働いたのだろう。どうせなら、話題になったほうがいいに決まっている。

2004年にも、綿谷りさと金原ひとみという19歳と20歳の女子が芥川賞を受賞して大きな話題になった。二人そろってそれまでの最年少受賞者の記録を更新したということで、大きな注目を集めた。ときどきはこういう話題作りをしないと、いくら芥川賞とはいえ、その影響力が低下してしまうということもあるのだろう。もちろん、受賞作を非難するつもりはさらさらない。

肝心の「火花」の感想だけれど、面白いか面白くないかでいうと、面白いということになる。ただ、ものすごく面白いというほどではなく、「へえ、けっこう面白いね」くらいの読後感だ。かなり理屈っぽいセリフが多くて、少し読みにくいところがあるのが残念だけれど、それは自分の頭が悪いからであって、作者の考えていることについていけないだけのことだ。

それとは対照的に、風景の描写はうまいと思った。吉祥寺近辺や井之頭公園などを歩き回る描写がたびたび出てくるのだが、読者の頭の中にイメージがすっと浮かんでくるような書き方は素晴らしい。いい小説の条件というのは、読んだときに頭の中で自由にイメージが広がるかどうかだと思っているから、そういう意味で「火花」は優れた小説なのだろう。

ただ、次の作品もぜひ読んでみたいとまでは思わなかった。直木賞作家の池井戸潤や三浦しをんなどは、代表作を一冊読んだだけで、ほかの作品も読んでみたいと思うのだけれど、又吉氏の作品にはそこまでの魅力はなかった。まあ、エンタメ性の強い直木賞作家の作品と、文学性の強い芥川賞作家の作品を比較するのは不公平かもしれない。

又吉氏はこれからも芸人を続けながら小説を書いていくらしいが、作家としての真価を問われるのは次回作ということになるだろう。「火花」が売れたのはまぐれだったと言わせないためには、次回作で「火花」を超えるくらいの作品を書かなければならない。売り上げ部数で超えることは無理だろうが、目の肥えた読者に「火花」よりもクオリティが上がっていると思わせる必要がある。

今回は処女作ということで、自分が最も得意とする漫才をテーマにしたのだろうが、次回作は漫才から離れたテーマにしなければならない。もちろん、一口に漫才といってもいろいろな切り口があるわけで、男女のお笑いコンビを主人公にして恋愛を絡めて書いたり、ニートの男子がニートの相方とコンビを組んでお笑い芸人を目指すとか、切り口はいくらでもある。

ただ、次回作も漫才をテーマにした場合、「自分の持ちネタ以外は書けない人なんだ」と読者に思われてしまう。一発屋と思わせないためには、常に新しいテーマで書いていく必要があるだろう。個人的には、恋愛小説がいいんじゃないかと思う。かなりベタなテーマだけれど、ベタだからこそ需要も多いだろうし、それこそいろんな切り口があって面白そうだ。



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