15/07/19

ネトゲにはまる人たちに関して理解できないこと

オンラインゲーム(通称ネトゲ)にはまり、朝から晩までゲームにのめり込んでしまう人たちのことを「ネトゲ廃人」と呼ぶらしい。すごい人になると、仕事も辞めて部屋から一歩も出ずにネトゲばかりやっているらしい。トイレに行くのも面倒だからといって、空のペットボトルを傍に置いてトイレ代りとして用を足す人もいるというからすごい。

ネトゲの料金体系についてはいくつかあるようだが、最も多いのが、基本料金は無料で、一部のアイテムが有料で販売されているというものらしい。そういえば、ネトゲにはまった子供がこうした有料アイテムを無料だと勘違いしてどんどん購入し、とんでもない料金が請求されて親がビクーリ、なんていうニュースを以前に聞いた覚えがある。

ゲームにはまる気持ち自体は、自分にも理解できる。自分も若い頃は、「ファイナルファンシー」とか「ドラポンクエスト」みたいなロールプレイングゲームにはまったことがあった。何の予定もない休みの日の朝に何気なくゲームのコントローラーを手にしてゲームを始めると、いつの間にかゲームに熱中してすっかり夜になっていた、なんてこともあった。

自分は一つのことに没頭する性格なので、ゲームにはまりやすいタイプの人間なのだろう。小説を読むときには、登場人物に思い切り感情移入しながら読むのが自分の読書スタイルだけれど、ロールプレイングゲームでも、特定のキャラクターに感情移入してしまう。どうやら、自分はかなりゲームにはまりやすいタイプのようだ。

ネトゲの最大の特徴は、プレーヤー同士で協力してゲームをクリアしていくというところにあるらしい。一人で黙々とプレーする従来のスタイルではなく、プレーヤー同士でいろいろとチャットしながらゲームを進めていくところに、ネトゲの魅力が存在するということなのだろう。なんとなくわからなくもないけれど、自分には理解できない世界だ。

正直なところ、ネットゲームに興味を持ったことは一度もない。というか、ネットゲームは怖くてできない。顔も名前も知らない赤の他人とコミュニケーションしなければならないと考えただけで、ネトゲをプレイするという選択肢は自分の中から消えてしまう。面倒くさいとかうっとおしいとかではなくて、なんだか怖いというのが正直な気持ちだ。

ネトゲだけでなく、ツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアも苦手だ。うまく説明できないけれど、こういうメディアで他人とコミュニケーションを取るということに、なんとも言えない怖さを感じてしまう。「怖い」という言葉は適当ではないかもしれないが、うまく表現できる言葉が見つからない。実際に体験してみれば意外と楽しく感じるのかもしれないが、いまさらやってみたいとは思わない。

とか言いながら、自分だってホームページを持ってるじゃん、と思う人もいるだろうが、このサイトは、ツイッターやフェイスブックなどのメディアとはまったく性格が違う。ソーシャルメディアは、他人とコミュニケーションを取ることが最大の目的だけれど、このサイトは、文章を書きたいという自分の欲求を満たすことが最大の目的で、他人とコミュニケーションを取ることが目的ではない。

そもそも自分は、リアルの世界でも人付き合いは苦手な方なので、わざわざネットの世界でも人付き合いをしたいとは思わない。そんな自分からすると、自分と同じように人付き合いが苦手な、いわゆる「オタク」と呼ばれるタイプの人たちが、ゲームの世界で積極的に他人とコミュニケーションを取りたがる気持ちが理解できない。

他人との付き合いがわずらわしいから、自分の部屋に閉じこもってゲームに没頭するというのならばわかるけれど、なぜゲームの世界でわざわざ赤の他人とコミュニケーションを取ることにのめり込んでしまうのだろうか。リアルの世界で他人と付き合うのがわずらわしいのであれば、ゲームの世界でも同じようにわずらわしいと感じるのが普通の感覚だと思うのだが、違うのだろうか。

ここまで書いてきて、はたと気付いた。ネトゲにはまる人たちは、他人と付き合いたくないと思っているわけではなくて、本当は他人との付き合いをものすごく求めているのではないかということに。つまり、他人との付き合いはわずらわしいと思っている自分のような人間とは、まったく異なるタイプの人間だということだ。

自分もネトゲにはまる人たちも、表面的には「人付き合いが苦手なタイプ」として分類できるけれど、その心の中はきっと大きく違うのだろう。自分は、わずらわしい人間関係はリアルの世界でもネットの世界でもできる限り避けたいと思っているのに対して、彼らはリアルの世界で満たされない思いをゲームにのめり込むことで昇華させているのだろう。



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