15/06/07

ものすごく久しぶりに「ムー」を読んでみた

いつものように図書館で面白そうな本を探していると、「ムー」という雑誌が目に留まった。これは、UFOや超能力や怪奇現象など、オカルト全般をテーマとするオカルト雑誌だ。まだバリバリのオカルトビリーバーだった頃に何度か買って読んだ覚えがある。まだ続いていたのかと驚き、なつかしくなって借りてみることにした。

この覚書でも何度か書いているが、自分はオカルト的なものには懐疑的な考えを持っている。はっきり言ってしまえば、オカルト的なものはそのほとんどがインチキか勘違いか単なる自然現象だよねと思っている。ただ、オカルト現象のすべてがそうした理由で説明できるとは思っていない。研究に値するオカルト現象は確実に存在すると考えている。

しかし、大学生くらいまではバリバリのオカルトビリーバーだったわけで、中学生とか高校生の頃に何度か「ムー」を買って読んだことがある。自慢じゃないが、付録のESPカードを使って透視能力のトレーニングに励んだことだってあるのだ。しかし、あまりの当たらさなに30分くらいで飽きてしまい、自分の透視能力はいまだに開花しないまま眠っている。

そんな思い出のある「ムー」を30年ぶりくらいに読んでみたのだが、けっこう面白かった。巻頭に火星の地表写真が載っていて、丸い石みたいなものを「巨大生物の卵」だとか、隅のほうにぼんやりと小さく映っているビル群みたいなものを「火星の都市」だとか、どう見ても光の反射にしか見えないものを「武器を持ったエイリアン」だとか、そのはじけぶりに思わず失笑した。

また、オカルト系の書籍を紹介するページがあるのだが、この書評も面白い。たとえば、懐疑的な本に対する書評で、「いろいろなテーマを広く網羅しているが、本誌のような掘り下げた検証と考察は期待できないだろう」みたいなことを自信満々に書いているのだ。これには腹を抱えて笑った。単なる丸い石のことを巨大生物の卵と主張するお前がそんなこと言うな。

ただ、比較的まともな記事もある。この号では臨死体験が特集記事になっていたけれど、火星の卵みたいな荒唐無稽な内容ではなくて、比較的まともな内容だった。ただ、臨死体験に共通する「トンネルを抜けたら光に満ち溢れた世界が広がっていた」というイメージは、酸欠状態に陥った脳が作り出しているにすぎないという説がある。要は、単なる生理現象にすぎないということだ。

臨死体験については、自分も単なる生理現象にすぎないだろうと思っている。実際に体験した人にしてみれば、あまりにも鮮烈な体験だっただけに「あの世」の存在を信じてしまうのだろうが、肉体を失った精神がそのまま独立した存在となってあの世にいくというのは、普通に考えてやっぱり無理がある。もちろん、そんなことがあれば楽しいとは思うけれど。

しかし、「生まれ変わり」については、ちょっと興味深い事例がある。子供が突然自分の前世のことを語り出す事例は世界中で報告されているが、これを単なる子供の気まぐれと片付けてしまうには、あまりにも証拠が揃いすぎているケースがいくつかあるのだ。実際に調べてみると、本当にそういう名前の人物が存在していたことが確認されたケースがいくつかあるらしい。

しかも、名前や職業だけでなく、住んでいた町の名前、交友関係、家の間取りまで、前世の記憶を語る子供の話の内容にことごとく一致したというのだからすごい。ただ、このように話の裏付けを取れるケースはまれで、ほとんどの場合は、子供が語る話の内容を気味悪く感じながら聞くだけ、ということになる。

この生まれ変わり体験で共通するのは、10歳くらいになると、どの子供も前世の記憶について語るのをピタリとやめるということだ。どうやら、運よく生まれ変わることができたにしても、前世の記憶を持ったまま一生を過ごすというのはできない仕組みになっているらしい。せっかく生まれ変わったのに、前世の記憶をなくすというのはなんだかもったいない気もする。

もちろん、こういう事例だけで生まれ変わりを肯定するつもりはないけれど、いったいどういうメカニズムで他人の記憶が脳にインプットされるのかということにはものすごく興味がある。もし、こうした子供たちの言うことが事実だとすれば、記憶というものは物理的な実体を伴って空間に存在するものということになる。そう考えるだけで、なんだかワクワクしてしまう。

ちょっと話が逸れてしまったけれど、久しぶりに「ムー」を読んで、そんなことをとりとめもなく考えた。それはともかく、読者の投稿ページを読んで、50代くらいの人たちもムーの読者だということにちょっと驚いた。かつての自分のように、10代の子供たちがメインの読者層なのかと思ったら、どうやらそうでもないらしい。

大人だからといって、オカルトを信じてはいけないということはないけれど、無批判にオカルトを信じるというのはどうかと思う。たしかに、自分の理解を超えた現象についてはすべてオカルトとして受け入れれば楽だけれど、それでは自分の頭で考えることを放棄することになる。きっと、そういう安易な道を選択する人がタチの悪い新興宗教なんかにハマるのだろう。



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