15/02/08

イスラム国による日本人殺害事件について考えてみる

後藤さんがイスラム国によって殺害されてから一週間が経った。先週は、いつものようにくだらない覚書を書こうかと思っていたら、後藤さん殺害のニュースが飛び込んできたため、ショックと怒りで覚書などを書いている気分ではなくなった。あれから一週間経って、いろいろと考えもまとまってきたので、今回はそのあたりのことについて書いてみたい。

国会では、野党の議員が調子に乗って政府の対応を非難したり、メディアでは、したり顔のコメンテーターが安倍さんを非難したりと、世の中の一般的な反応としては、今回の政府の対応を非難する論調が強いようだ。しかし、それはどうだろう。今回の事件の責任は、どう考えてもイスラム国側にあるわけで、その責任を政府に転嫁するのはおかしいだろう。

イスラム国許すまじ、という論調が盛り上がるのが普通であるはずなのに、なぜか批判の矛先は政府に向ってしまう。このあたりのメンタリティが自分にはよくわからない。何事も自虐的な日本人らしいメンタリティだと言えばそうなのかもしれないけれど、そこまで自虐的になることもないだろう。今回の事件の責任は一義的にイスラム国にあるわけだから。

ただ、自分としても、今回の安倍さんの対応が100点満点だと思っているわけではない。イスラム国は絶対に許さない、などと強気なことを言っているけれど、自前の軍隊を持たない日本としては、イスラム国に対して直接的な報復を行うことはできない。できもしないことを言って相手を挑発するのは、あまり賢い対応だとは思えない。

しかし、安倍さんとしては、今回の事件を集団的自衛権行使の大義名分にしようと考えているのかもしれない。いや、おそらくはそうだろうと思う。だから、野党の議員も今回の政府の対応についてあれこれと非難しているのだろう。このままなし崩し的に憲法9条の改正にまで進んでしまったら大変なことになると考えているに違いない。

今回の事件の責任はすべてイスラム国にあると書いたが、湯川さんと後藤さんの責任についてはどうだろうか。もちろん、殺害に対する責任はすべてイスラム国にあるわけだけれど、わざわざ危険な場所に自らの意志で出向いたというのは、余計なことをしてしまったと思われてもしかたがない部分はあるだろう。

今回の事件で、後藤さんはすっかり英雄扱いされているようだけれど、そういう持ち上げ方もどうかと思う。後藤さんを真似してシリアに向う人が出ないとも限らない。死んだ人のことを悪く言うのはよくないけれど、後藤さんを英雄として持ち上げるのではなく、危険な地域に行ったらこういう悲惨な目に遭うということを理解するための事例として扱うことも大事だと思う。

後藤さんは、シリアに入国する前に、もし自分に何かあってもすべての責任は自分にある、ということを言い残した。これはたしかに立派だと思うけれど、実際に人質として捕まってしまえば、政府としては「本人は自分の責任だと言っていたから、ここはひとつ放置プレイで」といって見殺しにすることはできない。難しいとわかっていても、救出のために全力で努力しなければならない。

日本だけの問題ならまだしも、今回はヨルダンまで巻き込んでしまったわけだから、事態はさらに深刻なものになった。おそらく、後藤さんはここまで大ごとになるとは予想していなかっただろう。外務省から3度にわたって渡航を思いとどまるように説得されたにもかかわらず、その説得を無視して行ってしまったわけだから、やっぱり軽率な行為だったと思う。

今回の事件がきっかけとなって、イスラム国と有志連合との対立はさらに激しさを増していくだろう。当のヨルダンは、報復として死刑囚の死刑を執行し、イスラム国への空爆を再開した。しかし、暴力に対して暴力で応酬してしまっては、イスラム国のペースに巻き込まれてしまう。それに、空爆だけでは効果は薄い。本気で壊滅しようと思ったら、地上軍を投入するしかない。

現在のような中途半端な空爆に終始していたら、事態が大きく進展することはないだろう。最悪なのは、空爆で中途半端に勢力が衰えたイスラム国が、小規模なテログループとして世界各地に散らばり、そこで散発的にテロ行為を繰り返すというシナリオだ。こうなると、日本だってその標的になりかねない。いまのように、一カ所に勢力が固まってくれていた方がまだ対応しやすい。

イスラム国に対する有効な作戦は、地上軍を大量に投入して一気に壊滅を図るか、もしくは資金源を断つことだと思う。おそらく、地上軍の大量投入という作戦は現実的ではない。やるとすればアメリカとイギリスが主導することになるだろうが、空爆だけならともかく、危険度が格段に上がる地上作戦に自国の兵士を参加させたいと思う国は少ないだろう。

即効的な作戦ではないが、結局は資金源を断つという作戦が効果的だと思う。イスラム国のような恐怖政治は、歴史的な事実から見ても、絶対に長続きはしない。どういう形で終わるかはわからないが、いつかは必ず終焉を迎えるだろう。それは、これまでの歴史が証明している。その時期を早めるためには、資金源を断つのが最も効果的だと思うわけだ。



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