14/07/27

血液型性格判断について考えてみる

Yahoo! の意識調査で「血液型と性格は関係あると思うか」という調査を見つけた。日本では、血液型性格判断に対する信仰がいまだに根強く残ってはいるものの、さすがにこんなエセ科学を信じている人は多くはないだろう。信じている人の割合は3割くらいだろうと思ったら、なんと、約55%の人が信じているらしい。この結果には心底驚いた。

血液型性格判断といえば、A型は几帳面、B型はわがまま、C型は肝炎、O型はおおらか、AB型は二重人格、というなんとも類型的な分類が有名だ。人間の性格というのはこんなに単純に分類できるものではないと思うのだが、逆にあまりにも単純だからこそ、これほどまでに根強く支持されているのかもしれない。

しかし、こうした類型的な分類というのは、それぞれの血液型における性格的特徴のほんの一例で、実際には、「思いやりがある」、「現実的な考え方をする」、「お人よし」、「繊細で傷つきやすい」、「実は大胆な一面もある」、「面倒見がいい」などなど、いろいろな性格的特徴がそれぞれの血液型について定義されている。

このあたりが血液型性格判断のずるいところで、たいていの人ならばいくつかの特徴について当てはまっていると感じるのが普通だろう。人間の性格というのはさまざまな側面を持っているから、おおらかそうに見える人にだって几帳面な一面はあるだろうし、おとなしそうに見える人にだって大胆な一面はあるだろう。

つまり、血液型性格判断というのは、すべての人にとってズバリと当たるというものではないけれど、解釈によっていくらでも当たっていると思い込むことができるというものなのだ。血液型性格判断をまったく信じていない自分でさえ、O型の特徴を次々に挙げられれば、そのいくつかは当たっていると認めざるを得ないだろう。しかし、まったく当たっていない特徴も多いわけだから、結果的にはチャラだ。

何人か集まると、その中には血液型性格判断が好きな人が必ずいて、そういう方向の話題になることがよくある。自分も血液型性格判断を信じていれば楽しい会話ができるのだろうが、そうでない場合はなんとも居心地が悪い。頭から信じている人に対して、そんなの何の根拠もありませんよと言うわけにもいかないし、だからと言って話を合わせる気にもなれない。

なぜ、日本人はこれほどまでに血液型性格判断が好きなのだろうか。それは、血液型という明確な物差しで簡単に性格を分類できるというのがなにかと便利だからだろう。長い時間をかけて他人をじっくりと観察して、この人はこういう性格なんだと判断するよりも、血液型を聞いて類型的な性格に当てはめた方がよっぽど簡単だ。

さらに、体内を流れる血液とその人の性格になんらかの因果関係があるという考え方は、それなりに合理的というか科学的で、何の根拠もない星占いや手相占いなどに比べれば、なんだか信用できそうだという印象があるのだろう。少なくとも、干支で性格を判断するよりも、血液型で性格を判断する方がずっとまともな感じがするのは間違いない。

干支で性格を判断するなんて、いったいだれが考え出したのかわからないが、これほどいい加減なものはない。もしこれが本当だとしたら、ほとんどの同級生が自分と同じ性格ということになってしまう。そんなバカなことがあるわけがない。しかし、自分の場合、血液型による性格判断よりも、干支による性格判断の方が当たっていたりするから、そのあたりがちょっと面白い。

血液型だけでなく、世の中にあふれているさまざまな疑似科学やオカルトっぽいものを簡単に信じてしまう人というのは、自分が理解できないことはそういう怪しげな理論で説明できるものだと考えたいのだろう。超能力や心霊現象など、自分の理解を超えた現象については、科学で説明できないことはこの世に間違いなく存在するのだと信じたいのだろう。

たしかに科学で説明できない現象は多いし、そうした現象についてはオカルトっぽいものの存在を信じる方が楽かもしれないが、だからと言ってすべてそういう考え方をしてしまったら、科学的に考えることを放棄したのも同然で、その先はまったく何も得られない。少なくとも、血液型性格判断などという何の根拠もない疑似科学くらいは、もっと懐疑的に考えてほしいと思う。



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