14/06/22

オムニバスで行こう

今回もやっぱりネタ枯れ気味なので、オムニバス形式で簡単に書いてみたい。まずは、世界中で盛り上がっているらしいワールドカップについて書いてみよう。戦前の予想では、日本の予選リーグ突破はかたい、なんて言われていたらしいが、蓋を開けてみれば1敗1分けというがけっぷちの状態だ。最終戦の相手がコロンビアでは、まず勝ち目はないだろう。

まあ、自分はサッカーにはほとんど興味がないので、日本が勝とうが負けようがどちらでもいいのだけれど(日本人である以上は、勝ってくれたほうがもちろん嬉しいけれど)、メディアでいろんなサッカー解説者や評論家などが、日本チームの戦術などについてあれこれと批評するのがうっとおしい。もう試合は終わったんだからどうでもいいだろ、と思ってしまう。

勝負なんて時の運だから、勝つときは勝つし、負けるときは負ける。それを、後付けの理由であれこれ批評するなんて、ナンセンスにもほどがある。こういう専門家だけでなく、一般のサッカーファンもワールドカップになると、とたんにエセ評論家に変身するのもどうかと思う。電車の中でも、ワールドッカップに関する会話があちこちで聞かれる。

だれだれの交代が早すぎるだの、だれだれは最初から試合に出すべきだの、だれだれをどこそこのポジションで起用すべきだの、専門家も顔負けの解説を電車の中でタダで聞くことができるわけだからありがたい。そのありがたい解説や指摘を、現場の監督や選手たちにもぜひ聞いてもらいたいものだ。そうすれば、きっとコロンビアにも勝てるさ。

という感じでワールドカップで盛り上がっているときに、富岡製糸場が世界遺産に登録されたというニュースが入ってきた。今年の春先あたりから、世界遺産への登録は確実だろうと言われてきたので、あまりインパクトのあるニュースではないけれど、ある程度めでたいニュースには違いない。地元の関係者は大喜びだろう。

なぜ世界遺産に登録されて喜ぶのかといえば、観光客が大挙して押し寄せてお金を落としてくれるから、という一点に尽きるだろう。世界遺産とは言っても、結局は金儲けのツールでしかないということだ。もちろん、それは悪いことではない。観光資源の目玉として、世界遺産という名前ほど価値のあるブランドはないわけだから、利用しない手はない。

ということで、富岡製糸場にも観光客が押し寄せるのだろうが、実際に富岡製糸場を見ても、あまり面白いものではないと思う。だって、製糸場だよ? 製糸場マニアなら、建物の中に一歩入っただけで歓喜のおたけびをあげるかもしれないが、そんなマニアがそれほどたくさんいるとも思えない。ふ−ん、あまり面白いものでもないね、というのが一般的な反応だと思う。

富岡製糸場の歴史や背景について事前に勉強してから見に行けばそれなりに楽しめるだろうが、なんの予備知識も持たず、世界遺産だからきっとすごいものなんだろう、なんていう軽い気持ちで行ったりすると、見終わってから「金返せ!」みたいな気持ちになるかもしれない。だって、何回も言うけれど、単なる製糸場だよ? 何の予備知識もなく見たところで、面白いわけがない。

これは富岡製糸場に限ったことではなく、普通に観光する場合も同じことだ。訪れる場所について事前に勉強しておけば、実際に観光するときの楽しさがまったく違ってくる。これといった目的地を決めず、気まぐれにあちこちを見て回る旅も楽しいかもしれないが、目的地がはっきりと決まっているのであれば、いろいろと事前に勉強しておいた方が絶対にいい。

最後に、河野談話に関するニュースについて書いてみたい。従軍慰安婦について日本の責任を認めて謝罪したのが、いわゆる河野談話だけれど、その文書を作成するにあたり、韓国政府といろいろな調整をしたということを日本政府が発表した。つまり、韓国側も納得する形で発表されたものだから、いまさらゴチャゴチャ言うなよという、日本から韓国に向けてのメッセージというわけだ。

これは、評価していいと思う。韓国としても、痛いところをつかれた、という感じではないだろうか。なにしろ、一度は自分たちも認めたわけだから、これ以上あれこれ言うのは難しいという理屈くらいはわかりそうなものだ。しかし、韓国のことだから、どうせあれこれと理屈をつけて、これまでと変わらずに日本に謝罪を求め続けるだろう。

韓国に対しては、正論を述べて自説を納得させるという正攻法は通じない。そもそも、国同士がお互いの主張を100パーセント認めるなんてことはあり得ない。では、どうすればいいのかということになるが、お互いの主張を100パーセント認めるなんてことはあり得ない、という前提で話し合いを進めるということが重要だと思う。

どんなにお互いが主張し合ったところで、その主張を相手側が100パーセント認めるなんて絶対に不可能だということを、まずは韓国側に認めさせることが出発点になる。それを大前提として、お互いに納得できる落としどころというか妥協点を探っていく以外に、この問題を解決する方法はない。

そもそも、日本と韓国がそういう努力をして河野談話という結果に結びついたのにも関わらず、パククネのバカがいまごろになってまた蒸し返すから、こういう面倒なことになっているわけだ。いったい、このバカなおばさんは、こういうバカみたいなまねをしてどうしたいのだろう。何か成果が上がるとでも思っているのだろうか。バカにつける薬はないというけれど、本当にそのとおりだと思う。



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