14/05/04

洗濯の思い出

なんとも気持ちのいい季節になった。この時季は、よく晴れた日に外を歩くだけで幸せな気分になる。色とりどりのツツジが咲き乱れているのを見たりすると、このまま死んでもいいなとさえ思う。それほど、いまの季節が好きだ。自分は、桜が咲いてから梅雨入りするまでの時季のことを「天国に一番近い季節」と勝手に呼んでいるのだけれど、我ながらいまの季節にピッタリな表現だと思う。

のんきな自分は、たださわやかな季節というだけで喜んでいるわけだけれど、相方にすると、洗濯物がよく乾くからありがたいということになるらしい。自分はまったく洗濯はしないので、天気が悪くても部屋の中で洗濯物を干せばいいじゃん、などと思ってしまうのだが、外で干すのと中で干すのとでは、洗濯物の仕上がり具合がまったくちがうらしい。

ということで、今回は洗濯にまつわる思い出などをつらつらと書いてみたい。この「思い出」シリーズも、今年に入って早くも10回目ということになる。これが今年15本目の覚書だから、実に3回に2回は何らかの思い出について書いているということだ。ネタに詰まると「思い出」シリーズでごまかしてきたわけだけれど、今年はいかにネタ枯れかということがわかる。

さて、洗濯といえば洗濯機だ。佐渡の山奥の実家にも、さすがに洗濯機はあった。ついでに言うと、自分が物心ついたころには、テレビと冷蔵庫もあった。記憶にある最初のテレビは小さな白黒テレビだった。そのテレビで「妖怪人間ベム」というアニメのおどろおどろしいオープニングを最初に見たときは、あまりの怖さに部屋の隅っこで震えていた覚えがある。

それはともかく、最初に洗濯機を使ったのは小学生の頃だったと思う。もちろん、普段の洗濯は母親がしていたから、自分が洗濯機を使うことなんてほとんどなかったけれど、新しい洗濯機を買ったときに好奇心にかられて使ってみたことがある。当時のことだから、いまみたいに便利な機能なんてついていなくて、シンプルな二槽式の洗濯機だった。

実家では、いまでも二槽式の洗濯機が活躍している。もちろん、いくつか買い替えてはいるけれど、実家で全自動式の洗濯機が活躍したことは一度もない。その理由を母親に尋ねたことはないけれど、昔から使い慣れた二槽式の洗濯機の方がいいということなのだろう。だから、実家に帰ってバイクジャージなどを自分で洗濯するときは、懐かしい二槽式の洗濯機を使うことになる。

二槽式の洗濯機を初めて見たのは、小学校の低学年の頃だったと思うが、使い方がよくわからないので兄貴に訊いたところ、洗濯機を使った洗濯には、洗い、すすぎ、脱水という3つの工程があるらしい。洗いと脱水についてはわかるが、すすぎというのがイマイチわからないのでさらに訊いたところ、「洗うだけでは服に泡がついたままになるから、それを落とすためだ」という答えが返ってきた。

なるほど、そういうことかと納得した。しかし、さらに訊いてみると、すすぎという作業は水を流しっぱなしにしてするものらしい。それを聞いて、水がもったいないなあと子供心に思ったことをいまでも覚えている。こんな感じで子供の頃からケチ臭い性格だったから、洗濯機を使う機会があると、いまでもすすぎはほんの少しの時間しかしない。

そんな感じで、子供の頃は自分で洗濯をすることはほとんどなかった。自分で洗濯するようになったのは、中学校に進んで寮生活を送るようになってからだ。この覚書でも何度か書いているように、11月から3月の終業式までの間は寮生活を送っていた。寮の洗面所には洗濯機と乾燥機が1台ずつ置かれていて、寮生みんなで使っていた。

この寮は2階建てになっていて、1階に男子部屋、2階に女子部屋があり、2階の洗面所にも同じように洗濯機と乾燥機が置いてあったのだと思う。風呂は寮全体で1つしかなかったけれど、洗濯の設備は1階と2階でそれぞれ1セットずつあったような気がする。なにしろ30年以上も前のことなので、かなり記憶があいまいだ。

洗濯をするのは、風呂に入るときとか、夕食が終わってからだったような気がする。自分が一年生のとき、男子は自分を含めて8人いたが、特に洗濯機の取り合いになったという記憶はない。曜日や時間を決めて洗濯機の使用を割り当てるなんてことはしなくて、早い者勝ちで洗濯機を使っていたが、みんなうまい具合に使っていたのだろう。

土曜日の昼になると、寮の前にあるバス停からバスに乗って家に帰り、日曜日の夕方のバスでまた寮に戻ってくるというシステムになっていたから、一週間分の洗濯物を抱えて家に帰る男子もいただろう。冬は夏とは違って頻繁に下着を替える必要もないから、ズボラな男子は寮の洗濯機はあまり使っていなかったのかもしれない。

自分も他の男子に劣らずにズボラだったけれど、洗濯はそれなりにしていたと思う。洗濯機の前に立って、洗濯槽がグルグルと回っているのを眺めているのが好きだった。洗濯物が水の中でグルグル回っているのを見ると、いまこの瞬間に汚れがどんどん落ちているんだなと思えて、なんだか好ましかった。でも、乾燥機のドラムがグルグル回っているのを見ても何も楽しくなかった。

それにしても不思議なのが、ときどき靴下の片方がなくなることだ。パンツやシャツといった大物がなくなることはめったになかったけれど、靴下の片方がなくなることはよくあった。洗濯機から乾燥機に移すときも、乾燥機から取り出すときも、洗濯物が中に残っていないかしっかりと確認しているはずなのに、なぜか靴下の片方だけがなくなっていた。

なにしろ、すすぎの水をもったいないと思ってしまうくらいにケチ臭い人間だから、残った片方の靴下を捨ててしまうというのも惜しい気がする。ならばということで、なるべく色や質感が似ている靴下と合わせて、その片割れの靴下を履いたらどうだろうと考えた。しかし、この場合もやっぱり片割れの靴下ができてしまうことになり、結局は同じことだと気付いた。

それで、色や質感などはおかまいなしに、お互いに連れをなくした片割れ同士の靴下を履くことにした。これならば、片割れ同士を有効に再利用できるからムダがない。もちろん、周囲の人間に気付かれたときには恥ずかしい思いをするけれど、それも最初のうちだけで、慣れてしまうと、「いや、これは新しいファッションだから」ということで通していた。

ということで、例によって書ききれなくなってしまったので、これ以降の洗濯にまつわる思い出については、また次回。



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