14/04/20

韓国旅客船沈没事故について思うこと

それにしても、韓国で起きた旅客船の沈没事故はひどい。乗客を置き去りにして、船長と船員が真っ先に船から逃げ出すなんて、ちょっと信じられない。報道によると、浸水から沈没までは2時間くらいあったらしいから、船員が冷静に乗客を誘導して避難させれば、ほとんどの人が助かったのではないだろうか。

現場での情報も錯綜していて、最初は乗客全員が救助されたという発表があったにもかかわらず、その数時間後には300人以上が行方不明になっていると訂正されたりで、なんだかわけがわからない。それもそのはずで、事故の発生直後に設置されるべき対策本部がなかなか設置されず、正しい情報を取りまとめて発表する仕組みがなかったわけだから、混乱するのも当然だ。

救助活動にしてもなかなか進んでいないようで、ニュースを見るたびにイライラする。こういう海難事故について、日本はかなり高度な救助技術を持っているらしく、韓国に対しても支援を申し出たようだが、案の定断られてしまった。韓国とすれば、国の威信をかけて独力で事態を収拾したいところだろうが、実際には、全世界に向けて恥をさらしているだけというのが現状だ。

今回の事故に関する報道を見て、これが韓国クオリティなのかと感じた。船長と船員は一目散に逃げ出すし、間違った情報は錯綜するし、日本からの支援の要請は断るし、そのくせ救助活動は一向に進まないしで、まったくいいところがない。事故にはまったく関係がない自分でさえ、ニュースを見ているだけでイライラするわけだから、当事者である家族の苛立ちは想像するに余りある。

今回の事故で明らかになったのは、韓国という国の本質は、だれも責任を取りたがらない人たちの集まりであるということだ。韓国人というのは、みんなやたらと声だけは大きいけれど、肝心なことになると自分以外の人間に責任を押し付けて、絶対に自分から責任を負うことはないという印象がある。

今回は、そうした韓国人に対する悪い印象を裏付けるような出来事について書いてみたい。とは言っても、これは自分が直接体験したことではなくて、自分の父親が体験したことだ。いまから書く内容については、お互いに酒を飲みながら話したことなので、不正確な部分も多々あるとは思うけれど、大筋では合っていると思う。

韓国のテグで世界陸上が開催されたのは、いまから3年前の2011年8月だった。その大会には、オリンピックで世界新記録を出したばかりのボルトが出場するということで話題になっていた。コメ農家にとって8月というのはエアポケットみたいな季節で、秋の収穫期を前にして、それほど忙しくはない。だったら、好きな陸上競技でも見に行こうかということになったらしい。

ホテルから競技場までは、ツアー会社が用意したバスに乗って移動する。そのバスには、通訳兼ガイドとして若い女子が乗っていた。一番前の席に座っていた父親がこのガイドさんに話しかけたところ、彼女はソウル大学を卒業した才媛らしい。日本でいうところの東大と考えればいいだろう。親父としては、なんだかやたらと学歴を自慢して鼻持ちならない女子だと感じたようだ。

しかし、日本人の感覚からすると、東大レベルの大学を卒業してツアーガイドに就くというのは、かなりしょぼいような気がしなくもない。というか、誤解を恐れずに言えば、相当にしょぼいと思う。いったい何があったんですかと聞きたくなるようなしょぼさだ。そうは言っても、国が違えば職業の価値観も違ってくるだろうから、日本の価値観だけで一概に判断することはできない。

そろそろ競技場に到着するというときになって、いきなりバスが止まってしまった。運転手がバスから降りてなにやら調べているようだが、乗客には何の説明もない。運転手とガイドは、何度もバスに乗ったり降りたりを繰り返すばかりで、一向にバスが走り出す気配はない。そんな様子を見てしびれを切らした親父は、ガイドさんにこう言ったそうだ。「車体が故障したわけではなくて、クラッチが焼き付いたんだろ?」

一番前の席に座っていた親父は、運転席から漂ってくる焦げた臭いに気付いていたらしい。しかし、そう言われたガイドは、「大丈夫だから、もう少し待ってください」と言うばかりで、クラッチの焼き付きを認めようとしない。そうして押し問答をしているうちに、ようやく代車が到着して、そのバスに乗り換えて競技場まで向かった。

男子200メートルでボルトが優勝したのを見届けた一行は、バスに乗り込んでホテルに戻ることになった。しかし、そろそろホテルに到着するというときになって、またバスが止まってしまった。今度も、運転手とガイドがバスから降りてなにやら調べている。さっきの一件で不信感を募らせた親父は、辛抱ならんとばかりに自分もバスから降りた。

親父に気付いたガイドは、バスに戻ってくださいと言ったらしいが、それにかまわず前輪部分を覗き込んでみると、そこには信じられない光景があった。なんと、前輪が完全に擦り切れて、中のタイヤチューブが見えているのだ。親父いわく、「はらわたが出ている」という表現がピッタリな状態だったらしい。かろうじてパンクはしていないが、とても走れる状態ではない。

ガイドと一緒に車内に戻った親父は、とにかくいまの状態をみんなに説明しろと詰め寄るのだが、「大丈夫だから、もう少し待ってください」というばかりで、まったくらちが明かない。そんなやりとりを見ていたほかの乗客が、まあいいじゃないですか、もう少し待ってみましょうと、とりなすように言ったらしい。それを聞いた親父は、なんてお人よしばかりなんだとあきれたらしい。

結局、また代車に乗り換えて、無事にホテルまでたどり着いた。しかし、自分たちの非を認めようとせず、説明もしようとしない韓国人の態度にはあきれたと親父は言っていた。さらに、そうした韓国人の態度に怒ろうともしない日本人にもあきれたと言っていた。親父の話を一通り聞いた自分も、まったく同じように感じた。

特に、日本人のおとなしさについては、ちょっとこれではマズイんじゃないかという危機感さえ覚えた。日本にいる限りは、治安はいいし、周りの人は親切だし、サービスも行き届いているしで、そうした状態が当たり前のように感じているから、外国に行っても同じようなサービスが受けられると油断しているのだろう。しかし、そんなに素晴らしい国というのは、日本くらいのものだ。

それはともかく、こういう話を聞かされていたから、今回の沈没事故の対応についても、韓国ならばそういうこともあるだろうという感じで、特に驚きはない。さすがに、船長が真っ先に逃げ出したということには驚いたが、そのほかのことについては、いかにも韓国クオリティだなと思うだけだ。韓国人ではなく日本人として生まれてよかったと、つくづく思う。



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