14/03/30

大相撲の現状と未来について考えてみる

袴田事件の再審開始が決定したらしい。事件が発生して袴田さんが逮捕されたのが1966年のことだから、48年間も拘置所で過ごしたことになる(死刑囚は刑務所ではなく拘置所に留置される)。自分はいま47歳だから、それよりも長い時間を囚われの身として過ごしたということだ。死刑囚としてこれほど長い時間を過ごすというのは、いったいどんな感じなのだろうか。

自分はこうした事件を追いかけたノンフィクションを読むのが大好きで、袴田事件についても何冊か読んでいるが、「どう考えてもこれは冤罪だろう」としか思えなかった。素人目にも冤罪であることが明らかなのに、頭のいい裁判官たちがそろいもそろって間違った判決を下しているのが不思議でしかたなかった。

しかし、今回の再審開始決定というのは、裁判所としては大英断だったと思う。このままうやむやにして、帝銀事件の平沢さんみたいに拘置所で亡くなるのを待つという選択肢もあったわけだけれど、自らの過ちを認めたその姿勢は評価すべきだと思う。鑑定技術の進歩が今回の判断につながったわけだけれど、さらに技術が進歩していけばこうした冤罪も少なくなるだろう。

さて、例によってそんな前フリとは一切関係なく、今回は大相撲の現状と未来について書いてみたい。春場所では鶴竜が優勝して、横綱に昇進することが正式に決まった。鶴竜というのは不思議な力士で、三役に上がった頃はすぐにでも大関に昇進するだろうと思わせるくらいに強かったのに、肝心なところで星を落としたりして、大関昇進ではキセノンこと稀勢の里に遅れをとった。

大関に昇進してからも、なんだかパッとしない相撲内容で、この力士はきっと大関どまりだろうなと思っていたら、いきなり強くなって、見事にワンチャンスをものにして横綱に昇進した。このあたりの勝負強さは実に見事で、お情けで2回もチャンスをもらっておきながら、そのたびに期待を裏切るキセノンとは大違いだ。

キセノンについては、綱取りのかかった初場所で負け越すという情けなさを見せられて、熱心なキセノンファンである自分としても、さすがに目が覚めた。もうキセノンには何も期待しない。この先キセノンが横綱に昇進することはないと断言してもいい。もしかしたら、まぐれで一回くらい優勝することがあるかもしれないが、横綱に昇進することは絶対にないと思う。

ということで、キセノンを応援するのはもうやめて、これからは遠藤を応援することにした。その遠藤だが、春場所は残念ながら負け越してしまった。やはり、上位力士と総当たりする地位での相撲というのは厳しくて、すんなりと勝ち越して一気に三役に上がるというわけにはいかなかったが、大いに可能性を感じさせる相撲内容だったと思う。

そんなわけで、キセノンにも期待できないし、遠藤が大関や横綱に昇進するまでにはまだ時間がかかりそうだしで、これからもしばらくはモンゴル勢を中心とした外国人力士が相撲界を引っ張っていくことになりそうだ。こうした状況を憂えて、親方衆や相撲ファンなどは、「まったくもって、いまの日本人力士は情けない」と言っているが、力士を目指す日本の若者が少ないわけだから、この現状はしかたのないことだ。

大鵬や北の湖や千代の富士といった昭和の大横綱が活躍した時代は、力士になるという選択肢がまだまだ魅力を持っていた時代だった。貧しい家庭に育った少年にとっては、相撲部屋に入ればメシを腹いっぱい食べられるというのはそれなりに魅力的な選択肢だっただろう。その上、強くなればお金と地位も手に入る。

しかし、いまの時代は、相撲部屋になんか入らなくてもメシくらいは食べられる。ほかにいくらでも選択肢があるのに、相撲界なんていう特殊な世界にわざわざ入ろうと思う人間は少ないだろう。体が大きいだけでほかに何の取り柄もないという男子にしたって、力士になるよりはプロレスラーの方がまだマシだと考えるのではないだろうか。

というのも、いまの時代の感覚からすると、力士というのはどう見てもカッコ悪いからだ。極限までブクブクと太った身体にマワシを巻いて大銀杏を結った姿なんて、まともな神経の人間だったら絶対に自分はしたくないと思うだろう。何かの罰ゲームですかと言いたくなるような滑稽な姿だ、というのは言いすぎかもしれないが、少なくともいまの若者にアピールする姿ではない。

自分も、中学の体育の授業でマワシを巻いて相撲を取ったことがあるが、なんとも言えずに恥ずかしかった覚えがある。直接ではなく短パンの上からマワシを巻いたのだが、それもなんだかおかしな感じで、貧相な身体がさらに弱そうに見えるのが自分でもわかる。お願いだから、こんなカッコ悪い姿をクラスの女子に見られませんようにと、心の中でお祈りをしていたくらいだ。

だから、いまの若い男子が力士に憧れて自ら相撲部屋に入るなんていうことはまずないだろう。若者が憧れる要素が、相撲界にはほとんどないからだ。プロスポーツ選手を目指す男子の選択肢としては、野球、サッカー、ゴルフあたりが上位にランクして、プロレスやボクシングという格闘技系のランクはそれほど高くはないだろう。それが相撲となると、そのランクはさらに下になる。

しかし、日本の若い男子にとってはまったく魅力的ではない力士という職業も、外国人にとってはなかなか魅力的に映るものらしい。なにしろ、大関や横綱に昇進すれば大金を手にすることができる。国内の他のプロスポーツ選手に比べたら、力士というのはそれほど飛びぬけて儲かるというほどでもないけれど、貧しい国から来た外国人にとってはまさにビッグマネーだ。

そもそも、外国人にとっては日本に来るというだけで環境が大きく変わるわけだから、マワシを巻いたり大銀杏を結ったりするのも、その一部だと思えばいい。異国の地で妙な格好で相撲を取ったところで、日本に住むというのはそういうことなんだと割り切ってしまえばいいだけのことだ。そのあたりが、日本人のメンタリティーとは大きく違う。

大相撲の将来を考えてみると、あのおかしな格好やよくわからないしきたりを大きく変えない限り、これからますます外国人力士が優位になっていくのは間違いない。何年かに一度は、遠藤みたいな期待のホープが現れて、そのときだけ盛り上がりを見せながら、マーケット的に徐々に縮小していくことになるだろう。伝統という名の呪縛にとらえられている限り、大相撲に明るい未来はない。



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