14/03/02

従軍慰安婦問題について考えてみる

冬季オリンピックが終わったらしい。どの競技もほとんど興味がなかったので、オリンピックについては何の感慨もないのだが、ショートトラック競技で中国人選手と韓国人選手との間に小競り合いが発生したのがちょっとだけ面白かった。おとなしい日本人からすると、中国人も韓国人も同じように図々しい人種にしか見えないのだが、そういう彼らの間にも「奴らと一緒にするな」みたいな感情があるものらしい。

さて、今回は風呂の思い出の続きを書こうと思っていたのだが、Hassanさんから掲示板で従軍慰安婦問題についての意見を問われたので、今回は予定を変更してこの問題について書いてみたい。いつもネタ枯れに悩んでいる身としては、こうしてネタを提供してもらえるのはありがたい。ただし、自分に書けるテーマであればという条件付きではあるけれど。

本題に入る前に、自分がなぜ時事問題についてあまり書かないかということについて説明しておきたい。決して時事問題に興味がないというわけではなく、書くのが面倒だというのが一番の理由だ。この覚書は、日曜日の午前中に一時間くらいでチャッチャと仕上げているのだが、時事問題を書くとなると、それなりに考えをまとめてわかりやすく書く必要があるから、どうしても時間がかかってしまう。

それに、こんな閑古鳥が鳴いているようなサイトで時事問題を熱く語ってみたところで、だれからの反応もなくて空しいだけだ。それなりに時間をかけて考えをまとめ、わかりやすい文章にするというのはけっこうなエネルギーを必要とする作業だが、そうした大変な作業に対する反応がまったくないというのでは、いくらヒマを持てあましている自分としても、進んでやりたい作業ではない。

ただし、今回のように直接意見を求められた場合は別だ。今回は、少なくとも一人だけは読んでくれる人がいるわけだから、それだけでも書く意味がある。自分は文章を書くことが好きだから、その欲求を満たすためにこの覚書を書いている。つまりは単純に自己満足だけで書いているわけだけれど、だれかの求めに応じて文章を書くというのも、また違った面白さがある。

ということで、本題に入っていこう。最初に身もふたもない結論を言ってしまうと、この問題についてはよくわからないというのが自分の意見だ。ちゃんとした資料が公開されているわけでもないし、そもそもこの問題について深く調べようという熱意もない。ものすごくぶっちゃけて言うと、もう終わったことなんだからどうでもいいじゃん、というスタンスだ。

それに、いくら調べたところで、結局は正確な事実関係なんてわからないだろう。よく「真実はひとつ」と言うけれど、自分はそうは思わない。真実というのは、人の数だけ存在すると思っている。つまり、その人がその事実をどう受け止めたかによって、その人だけの真実がその人の中に出来上がるということだ。

たとえば、お金目当てで自ら進んで戦地に赴いた慰安婦であっても、「あの状況ではああするしかなかった。だから、日本軍に強制的に連行されたようなものだ」と考える人だっているだろう。この場合、客観的事実がどうであれ、その人にとっては「強制的に連行された」ということがその人にとっての真実になるわけだ。

もっと身近な例で考えてみよう。たとえば、一組の夫婦の間でちょっとしたケンカが起こり、夫が妻に手を上げたとする。夫は「殴ってはいない。ちょっと小突いただけだ」と主張し、妻は「思いきり殴られた」と主張している。さて、どちらが正しいのだろうかということになるが、この場合も当人同士が自分にとっての真実を主張しているに過ぎない。

当人にとっては、自分の主張こそが真実だと思い込んでいるから、議論はいつまで経っても平行線のままだ。それでは、そのケンカを第三者が見ていた場合はどうだろう。この場合、客観的な事実が明らかになると思いがちだが、実はそうでもない。その第三者が女性だった場合、被害者である妻寄りの意見になるだろうし、男性の場合だったらその逆になることは十分に考えられる。

結局のところ、第三者の立場からであっても、完全に客観的で絶対的に正しい真実を明らかにするのは不可能だということだ。そんなことができるのは、全知全能の神以外にはいない。そんな全知全能の存在ではない人間にできることといえば、可能な限り多くの客観的な事実を集めて、そこから最も合理的で納得のいく結論を引き出すということだけだ。

さらに厄介なことは、人間の記憶というのは、その人にとって都合のいいように作り変えることができるということだ。ちょっとした暗示を与えるだけで簡単に偽りの記憶を作ることができるという事実は、いくつもの実験ですでに証明されている。だから、いわゆる従軍慰安婦の人たちの記憶も、自分たちや国にとって都合のいいように変わっていったという可能性も十分に考えられる。

結局のところ、いまになって「本当に従軍慰安婦が強制連行されたという事実はあったのか」ということをいくら議論したところで、ラチがあかないということだ。日本としては、河野談話と村山談話で日本側の責任を認めた形になっているから、それ以上謝罪する必要もないし、いまさらこれらの談話の内容を撤回してさらに問題をややこしくする必要もない。

それにしても、韓国という国は、日本がいくら謝罪したところで、さらに図に乗って難癖をつけてくる国だから困る。1998年の日韓共同宣言で過去の問題について総括し、これからは未来志向の関係を築いていこうと約束したはずなのに、大統領が代わるたびにその約束が反故にされるわけだから、こちらとしてもうんざりする。

韓国大統領がパクおばさんに代わってから1年が経つというのに、いまだに首脳会談が実現していないという異常事態になっているが、日本としては適当にあしらっておけばいいと思う。とりあえず、首脳会談の開催については、ポーズだけでも韓国側に呼びかけておけばいい。国家間の交渉がなくて困るのは、日本ではなく韓国の方だろうから。



今週の覚書一覧へ

TOP