14/01/26

コタツの思い出

電気コタツの国内生産量が激減しているらしい(参照元)。こうした記事を読むまでもなく、エアコンが普及した現在ではコタツの生産量が減るのは当たり前の話で、いまさら驚くことでもない。ただ、コタツにあたりながら半纏を羽織ってみかんを食べる、といういかにも日本的でノスタルジックな光景が減っているというのは、寂しく感じないこともない。

そうは言っても、自分の実家ではいまだにコタツが現役で頑張っている。冬に実家に帰ることはほとんどなくなったけれど、たまに帰るとやっぱりコタツが部屋の中央に陣取っていて、そのたたずまいと暖かさに何とも言えずほっこりとした気分になる。もちろん、コタツだけでは寒いから、冬の暖房の主役は石油ストーブなのだけれど、ストーブだけではなんだか殺風景だから、田舎の冬にコタツは欠かせない。

子供の頃は、冬になるとミカンを大箱で買っていたから、コタツにあたりながらみかんを食べるというのは、本当に当たり前のことだった。家族みんなでコタツに入り、みかんを食べながらテレビを見るという、なんとも昭和な感じの風景が当たり前のようにあったわけだ。当時のコタツは、暖房器具としてだけでなく、自家製の納豆を発酵させる道具としても活躍していた。

母親の実家には、いまでは珍しい掘りごたつがあった。床の一部を切り取り、そこに炭を入れて金網をかぶせ、その上にコタツを置いたものが掘りごたつだ。その炭はどこから調達するかと言えば、囲炉裏で煮炊きをした後の炭を持ってくるのだ。いまでは、どんなに田舎でも、掘りごたつや囲炉裏がある家は珍しいだろう。立派な自在鉤に大きな鍋をかけ、囲炉裏の炭で調理した料理を食べたことを思い出す。

炭を入れたばかりの掘りごたつというのは、暑いというよりもむしろ熱くて、最初はなかなか足を伸ばすことができないけれど、炭火の勢いが落ち着いてくると、コタツ全体がいい感じに温まってくる。炭というのは、火が消えているように見えても、芯の部分には十分な熱を持っているから、いつまでもじんわりと暖かい。子供の頃は、そのまま布団を敷いてもらい、掘りごたつに足を入れながら寝たものだ。

中学生になると、冬の間は家を出て寮生活を送るという決まりになっていた。これは、自分が住んでいた集落だけのローカルルールで、冬の間は中学校までのバス便が雪のために機能しなくなるから寮に入る、という建前になっていたが、実際に大雪でバスが運行しなくなることはそれほどなかった。だから、家から学校に通うこともできたのに、なぜか11月から3月の終業式までは寮に入るという決まりになっていた。

10畳くらいの広さの部屋に、3〜4人くらいがともに寝起きしていた。それぞれの部屋には、上級生と下級生が均等に混じるように配慮されていたが、自分の学年は男子が自分ひとりだけだったため、上級生にはかなり可愛がってもらった。というか、かなりいじめられた。中学1年と3年では、体力的に大きな差があるから、どんなに頑張っても勝ち目はない。

まあ、自分がいじめを受けたのはごく一部の3年生だけで、ほとんどの先輩には可愛がってもらった。自分にはいじめを受ける才能みたいなものがあるらしく、いじめられたときにむきになって抵抗したり、メソメソと泣き出したりするのではなく、適当に愛嬌を振りまいておちゃらけたことを言ったりするうちに、いじめる方もやる気をなくすことが多かった。なので、特に深刻ないじめを受けたという記憶はない。

いじめの話はともかく、寮の部屋の暖房器具は石油ストーブだった。食堂で夕食を済ませると、部屋に戻って各自が小さな座り机を出し、ストーブを囲む形で勉強していた。数学の苦手な自分は、成績優秀な3年生にいつも数学を教えてもらっていた。とは言っても、真面目に勉強するのは試験直前くらいのもので、普段は部活動の話とかクラスの女子の話とか、他愛のない話ばかりしていたような気がする。

寮の消灯時間は22時だったが、試験前にもっと勉強したい場合などは、「延灯願い」というものを出せば、23時まで消灯時間を延ばすことができた。その場合は、部屋で勉強するのではなく、食堂で勉強することになる。食堂には大きな薪ストーブがあり、その近くの席に座って教科書を広げていた。夕食の残りでおにぎりが作られていることもあったりして、育ちざかりの身としてはありがたかった。

そんな感じで、中学生の頃はコタツの思い出はあまりないのだが、高校生になるとまたコタツとの付き合いが始まった。バス便が一日に3本しかないという田舎だったので、高校に通うには下宿を借りるしか方法がなかった。賄い付きのその下宿は、四畳半の広さだった。当然、エアコンなどの設備はないから、冷暖房については自分でなんとかするしかない。

冬はともかく、夏の暑さには閉口した。扇風機すらない部屋は、窓を閉め切ってしまうとすぐに蒸し風呂のような暑さになる。だからと言って窓を開けると、蚊取り線香でも間に合わないような蚊の大群が押し寄せてくるから困る。夏に試験勉強をするときには、いつも蚊に悩まされながら机に向っていた。気付いてみると、勉強そっちのけで蚊の退治に精を出していたりしたものだ。

冬になると、部屋の真ん中にコタツを出すことになるのだが、一度コタツを出すと、そこが生活の中心になってしまう。コタツで勉強するのはもちろんのこと、いつもそのままコタツで寝ていた。コタツの横に万年床は敷いてあるのだが、暖かいコタツから冷え切った布団に入るのはなかなか勇気がいる。今日こそはちゃんと布団で寝ようと思いながら、結局は布団を枕代わりにしてコタツで寝ていた。

いつものように思い付くままダラダラと書いていたら、なんだかまとまらなくなってきた。最初に具体的な展開を考えることなく適当に書き始めると、こういうグダグダな文章になってしまう。この先は、大学生のときと社会人になってからのコタツの思い出へと続いていくのだが、とても今回だけで書ききれるようなボリュームではないので、この続きはまた次回に書いてみたい。



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