13/11/04

レジ袋の有料化について考えてみる


近所のスーパーで、今月からレジ袋が有料になった。いままではレジ袋は無料で、マイバッグを持参してきた客には買い物金額から2円引きするというシステムだったのだが、これからはこの2円引きというシステムがなくなり、マイバッグを持参しない愚か者については、レジ袋を1枚につき5円で無理矢理買わせるというシステムに変わるらしい。

このシステムの変更についてスーパーの店員さんに尋ねたところ、レジ袋の有料化による収益金はスーパーの利益になるわけではなくて、環境保護活動を行う団体などに全額寄付されるらしい。この「全額寄付」というところで、なんだか得意げな表情になっていたような気がする。まあ、店側の利益にしないというのはいいことだけれど、それほど得意げな顔をすることでもないだろう。

この有料化については、ちょっと対応に困っている。このスーパーには、仕事帰りに立ち寄ってちょっとした買い物をすることがよくあるのだが、そのたびに5円余計に払うというのもなんだか癪だ。千円単位の買い物ならば、5円くらいは余分に払ってもいいかと思えるが、2〜300円くらいの買い物だと、その買い物の総額に対してレジ袋が占める金額が相対的に大きくなるから、なんだか割に合わないような気分になる。

かといって、毎日マイバッグを持ち歩く気にもなれない。通勤用のバッグに買い物用のバッグを入れておくなんて、なんだかカッコ悪い。それに、レジ袋というのは、家の中で簡易的なゴミ袋として重宝する。部屋のゴミ箱の中受けとして使ったり、キッチンの生ごみ用として使ったり、空き缶入れとして使ったりと、家の中ではかなり活躍する。だから、レジ袋が家の中からなくなると、かなり困ったことになる。

そもそも、レジ袋を削減したところで、いったいどれくらいの効果があるのだろうか。だれがこんなことを言いだしたのかわからないが、レジ袋を削減しろというばかりで、その効果について具体的な数字を挙げて説明してくれる人なんてほとんどいない。おそらく、あの得意げな表情で説明してくれた店員さんだって、その効果について具体的に説明することなんてできないだろう。

レジ袋削減の取り組みについては、店舗や自治体などでまちまちで、これといったルールが決まっているわけではない。自分の実家がある佐渡では、かなり早くからレジ袋削減に取り組んでいて、スーパーだけでなく、コンビニでもレジ袋を渡さないのがデフォルトになっている。こんなに過疎化が進んでいる地域でレジ袋削減なんてしても意味はないだろうにと思うのだが、そういう流れになっているからしかたない。

レジ袋を削減する意味というのは、レジ袋を生産するためのコストやエネルギーと、レジ袋を焼却する際に発生するCO2を削減できるということだろう。そのほかにも、レジ袋の輸送にかかるコストやエネルギーについても削減できるだろうが、細かく考えていくとキリがないので、これくらいにしておこう。

結局のところ、レジ袋削減を提唱する人たちが言いたいのは、この「生産時に必要なエネルギーと、焼却時に発生するCO2を削減できる」ということだろう。たしかに、そう言われてみると、レジ袋を削減するのはいいことだという気がしてくるが、はたして本当にそうだろうか。本当に、レジ袋を削減することが環境保護につながるのだろうか。

自分のように、家の中でレジ袋をゴミ袋代わりに使っている人間は、レジ袋がもらえなくなった場合、専用のごみ袋を買って使うことになるだろう。結局、レジ袋が専用の袋に代わるだけのことで、生産時に必要なエネルギーと、焼却時に発生するCO2を削減することにはならない。レジ袋を含めたゴミ袋を削減するには、ゴミの総量を減らすしかない。だれにでもわかる当たり前の理論だ。

しかし、世の中は空前のエコブームで、レジ袋の削減が環境保護につながると言われれば、みんな何の疑問も持たずにマイバッグを持参して買い物に出かける。そのマイバッグだって、生産するためにはレジ袋の何倍ものエネルギーが必要だし、焼却時にはレジ袋の何倍ものCO2が発生する。ただ、問題の本質はそうした細かいことではない。

本当に問題なのは、こうした些末なことばかりに気を取られて、肝心な環境保全策が何も進んでいないということだ。本格的なCO2対策なんてまったく進んでいないのに、本当に効果があるのかさえわからないレジ袋の削減なんていう細かいことにこだわるというのは、社内の空調をガンガンかけながら、トイレの電気はこまめに消しましょうと呼びかける、ちょっとお茶目な総務の人間みたいなものだ。



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