13/08/04

パスタについてつらつらと語ってみる


日常生活においてちょっとしたことで罪悪感を抱くことはよくあるが、そのひとつにエアコンのスイッチの切り忘れがある。昨日は、家を出てから「あれ、エアコンのスイッチ切ったかな」と思ったのだが、なんだか切ったような気もするし、いまさら引き返して確認するのも面倒だしで、切ったはずだと無理に思い込んで、頭の中からエアコンのことを追い出した。

しかし、家に帰ってみると、部屋の中が涼しい。しまった、やっぱり切り忘れたんだと思ってエアコンを確認してみると、やっぱりスイッチが入ったままになっている。このときの感情をうまく説明するのは難しいけれど、なぜか罪悪感を覚えてしまう。金額にすればわずかなものでしかないことはわかっているのだが、なんだかすごくもったいないことをしてしまったように感じるのだ。

とりあえず、急いでエアコンのスイッチを切るのだが、南西の方角を向いているリビングの窓からは西日が斜めに差し込み、10分も経たないうちに暑くなってくる。結局は、その暑さに耐え切れずまたエアコンのスイッチを入れてしまうのだけれど、とにかく一度はエアコンのスイッチを切ったということで自分を納得させるわけだ。

さて、そんな前フリとはまったく関係なく、今回は前回からの流れで、同じ麺類であるパスタについてつらつらと語ってみたい。初めて食べたパスタは、小学校の給食で出されたナポリタンだと思う。あれは、パスタというよりもスパゲティといった方がしっくりくるが、思い切り柔らかく茹でられたボソボソの麺の食感をいまでも覚えている。

パスタを家で食べたことはなく、自分にとってのパスタは完全に外で食べるメニューだった。パスタに限らず、ハンバーグやエビフライといった典型的な洋食メニューを家で食べたことは一度もない。まあ、それは当たり前のことで、田舎の農家の食卓に、そんなハイカラなメニューが登場するわけがない。自分も、別にそんなハイカラなものを食べたいとは思わなかった。

佐渡にいる間は、自分にとってのパスタは、ナポリタンとミートソースがすべてだった。喫茶店や食堂で出されるパスタは、その2種類しかなかったからだ。カルボナーラやペスカトーレなどという舌をかみそうなパスタメニューがこの世に存在することすら知らず、ナポリタンとミートソースをヘビーローテーションで食べていた。

そんな感じだったから、上京してからも、自分にとってのパスタはナポリタンとミートソースが中心だった。自分は、何事においても保守的な人間だが、食に関してはその傾向が一層強くなる。たまには新しいメニューにチャレンジしようかと思うこともあるけれど、気付いてみれば、やっぱりいつも食べなれたものを注文してしまう。せっかくお金を出して食べるのだから、変なものを食べてがっかりしたくないと思ってしまうのだろう。

それでも、ナポリタンとミートソースばかり食べるというわけにもいかず、少しずつ他のパスタにもチャレンジして現在に至る。その結果、自分は、ペペロンチーノみたいなシンプルなパスタが好きだという結論に達した。もちろん、魚介類やキノコなどがたっぷりと入ったパスタも美味しいとは思うけれど、結局はシンプルなパスタが一番だと感じる。和食でいうところの卵かけご飯みたいなものだ。

ただ、イタリアンのお店でパスタを食べるときにいつも思うことだが、なぜパスタにはパンが付いてくるのだろう。スープが付いてくるのらなわかるが、なぜ炭水化物であるパスタのお供として、同じ炭水化物であるパンを付けるのだろう。これではまるで、お好み焼きをおかずにご飯を食べるようなものではないか。まあ、一応出されたものは食べるけれど、いまだにパンの必然性が理解できない。

それはともかく、パスタを食べるのは意外に難しい。ソバだったら、勢いよく音をたててすすりこむのが粋だとされているから(個人的には、必要以上に音をたてるのはどうかと思うが)、特に気にすることなく食べればいいけれど、パスタはそういうわけにはいかない。ソバと比べたらやっぱりハイカラな食べ物だから、それなりの上品さが要求される。

以前に、どこかのイタリアンのお店に行ったときに、隣のテーブルで上品な母娘がパスタを食べていたシーンに遭遇した。しかし、母親のパスタの食べ方が汚いのだ。かなりの量のパスタをフォークに巻きつけて食べるものだから、一口では食べきれず、噛み切られたパスタがボロボロと皿にこぼれ落ちていく。なんともおぞましい光景だった。好きな女子に目の前でそんな食べ方をされたら、百年の恋も醒めるだろう。

自分も、ほめられた食べ方ではないけれど、口から食べ物を逆流させるような食べ方だけはしない。それは、子供の頃に母親から注意されたからだ。自分ではまったく意識していなかったのだが、ご飯を大量に箸で持ち上げて、食べきれない分をそのままボロボロと茶碗に落とす食べ方をしていたらしい。それを見た母親から、そんな食べ方はみっともないからやめなさいと注意された。

その頃はまだ10歳にもなっていなかったと思うが、いまでも鮮明に覚えている。母親は、みっともないというだけでなく、周りの人も嫌な気持ちになるからやめろと言っていた。なるほど、そういうものかと、子供心にも妙に納得したことを覚えている。あのイタリンの上品な母娘も、立場は逆だけれど、娘の方が母親に注意すべきところだったと思う。

そんな感じで、自分にとってのパスタはいまだにハイカラな食べ物といったイメージだ。同じ麺類ではあるけれど、自分の中では、ソバやうどんといった麺類とはまったく異なるカテゴリーの食べ物として分類されている。言葉は悪いかもしれないが、ちょっとスカしたメニューといった感じだ。それにしても、付け合せのパンの存在理由だけは、いまだに理解できない。



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