13/06/02

ヘッセの名作「車輪の下」の感想を語る

三浦さんが80歳という高齢でエベレスト登頂に成功したらしい。すごいことだとは思うけれど、金の力に任せて大名行列のような登山隊を編制したり、ヘリコプターで下山したりで、なんだかなあという気がしなくもない。そもそも、登山家や冒険家という人種がイマイチ理解できない。大金をかけてわざわざ危険な思いをするなんて、いったい誰得なんだと思ってしまう。まあ、一番得をするのはシェルパだろうけど。

さて、今回はヘッセの名作である「車輪の下」の感想について書いてみたい。この作品を読んだことはなくても、だれでもタイトルくらいは聞いたことがあると思う。自分もいつかは読んでみたいと思いながら、この覚書でも何度か書いているように、翻訳本が大嫌いということもあって、これまで読む機会がなかった。

そういうわけで、この歳になってやっと読んだわけだが、原書はドイツ語なので当然読めるはずはなく、英語の翻訳本で読んだ。結局は翻訳本なわけだから、日本語で読んでも同じような気がするが、新訳ならばともかく、こういう名作の邦訳というのは大抵が読みにくい日本語になっているから、それならば英語で読んだ方がまだマシだろうと思ったわけだ。

簡単な感想はこちらに書いてあるのだが、きっとだれも読まないだろうから、ここで改めてこの作品について語ってみたい。まずは、あらすじを以下に紹介しておこう。これ以降は若干ネタバレもあるけれど、結末を知って読んだとしても、この作品の面白さが損なわれることはないと思うので、気にせずに読んでください。

ドイツの静かな田舎町で父親と暮らすハンス少年は、非常に成績優秀で、周囲からは神童として注目されていた。その才能を活かすべく、難関である神学校を受験し、見事に次席で合格する。期待に胸を膨らませながら寮生活を送るハンスは、同室のハイルナーと親友として付き合うようになる。しかし、素行に問題のあるハイルナーに振り回され、学業の成績が次第に落ちていく。ハイルナーが学校を退学したことがきっかけとなり、ハンスは勉強に対する意欲をなくし、故郷に帰って機械工として働く道を選択する。

この作品は、ヘッセ自身の体験を基にして書かれたものらしい。思い切り乱暴にまとめると、周囲の大人たちの期待に応えようと必死で勉強する少年が、ふとしたことをきっかけにしてそれまでの生活に疑問を抱き、やがて疲弊して燃え尽きてしまう、というお話だ。ヘッセ自身も、自殺未遂をするまでに追い詰められたらしい。

この作品を読んでまず思ったのは、14〜15歳の少年がこんなに深刻なことを考えるなんてすごいなあ、ということだ。この年齢で、人生に絶望するほど悩むなんて、なかなかできることではない。自分が中学生や高校生だった頃は、何も考えていなかった。女子にモテモテになりたいなあとか、柔道で強くなりたいなあとか、苦手な数学の成績が上がるといいなあとか、そんな他愛もないことばかり考えていたような気がする。

しかし、ハンス少年はここまで悩む必要があるのかということも感じた。なにしろ、難関の神学校に2位の成績で合格するほどの秀才なわけだから、多少の挫折はあったとしても、普通に生きていれば、十分に人並み以上の生活はできたはずだ。なにも、いきなり学校を退学して機械工にならなくてもよかったのにと思ってしまう。

結局のところ、ハンス少年は、自分の居場所を見つけられなかったということだろう。神学校で、ハイルナーという少年に出会わなければ、そのまま秀才として勉強を続けて、神父として尊敬されながら生きていけただろう。しかし、そこでつまづいてしまったばかりに、自分の本来の居場所ではない機械工という道を選択せざるを得なかった。

以前から思っていたことだけれど、学校というのは、社会に出るために必要な知識を身に付ける場所ではなくて、社会に出たときに自分に合った居場所を見つけるための場所だと思う。正直なところ、学校で教わったことなんて、実際の生活ではほとんど役に立たない。簡単な読み書きや計算ができれば十分で、難しい方程式や化学式や年号なんて、生きていく上ではまったく必要ない。

では、学校ではなぜ、そういう一見ムダな知識を詰め込むのかというと、それは生徒たちを知能レベルでふるいにかけるためだ。中学、高校とムダな知識を教え込まれ、その選別に残った人間が大学に進学し、勉強に挫折した人間はそのまま社会に出ていく。大学に進学した学生たちも、偏差値という名のふるいにかけられ、それに応じた職業に就いていく。

こうして、それぞれの人間が自分に合った居場所を見つけて生活していくという仕組みになっている。上に書いた、「学校というのは、社会に出たときに自分に合った居場所を見つけるための場所」というのは、つまりそういうことだ。勉強そのものに大した意味はないけれど、その結果として、社会に出たときの自分の居場所が決まってしまうわけだから、やっぱり勉強するのは大事なことだ。

自分が中学生や高校生だったときには、こうしたことを明確に考えていたわけではなかったけれど、とりあえず試験ではいい点数を取ろうと思っていた。そうすれば、いい大学に入れるし、いい会社にだって就職できる。つまりは、かなり打算的なことを考えて勉強していたわけで、いまの考え方とそれほど違っていたわけでもない。

残念ながら、ハンス少年は勉強に挫折して、自分に合った居場所を見つけることができなかった。こうなると悲惨で、その先の長い人生を、居心地の悪い思いをしながら送らなければならない。いまの日本にしても同じことで、最初にうまくレールに乗れないと、後はドロップアウトしていくだけになってしまう。このあたりの仕組みをもっと柔軟なものにしないと、居場所が見つからない人間がどんどん増えていくだけだ。

ということで、いつものようにグダグダな感想になってしまった。正直なところ、評判のわりにはそれほど面白い作品でもないけれど、これだけ有名な作品を読んでいないというのもどうかと思うので、まだ読んでいないという人は、話のネタにでも読んでみたらどうでしょう。個人的には、ハンスとハイルナーがキスをする、ちょっとボーイズラブっぽい場面でドキドキしますた。



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