13/04/21

ゲーテの不朽の名作「若きウェルテルの悩み」の感想を語る

ここ最近は、なぜか週末になると、いきなり寒くなったり、低気圧が通過してものすごい強風が吹いたりと、外出をためらうような天候が続いている。週末に外出してはじけることだけを楽しみにしている自分にとって、ここ最近の天候は何かの嫌がらせとしか思えない。こういう場合はどこに対してクレームをつければいいのだろう。よくわからないけど、消費者センターあたりですか。

さて、今回はゲーテの不朽の名作である「若きウェルテルの悩み」の感想について書いてみたい。この作品を読んだことはなくても、だれでもタイトルくらいは聞いたことがあると思う。自分も中学生くらいのときに、国語の教科書か何かでこのタイトルを見たような記憶がある。ただ、この覚書でも何度か書いているように、自分は翻訳本が嫌いなので、これまで読む機会がなかった。

そういうわけで、この歳になってやっと読んだわけだが、原書はドイツ語なので当然読めるはずはなく、英語の翻訳本で読んだ。結局は翻訳本なわけだから、日本語で読んでも同じような気がするが、こういう古典の邦訳というのは大抵が読みにくい日本語になっているから、それならば英語で読んだ方がまだマシだろうと思ったわけだ。

簡単な感想はこちらに書いてあるのだが、きっとだれも読まないだろうから、ここで改めてこの作品について語ってみたい。まずは、あらすじを以下に紹介しておこう。これ以降は若干ネタバレもあるけれど、結末を知って読んだとしても、この作品の面白さが損なわれることはないと思うので、気にせずに読んでください。

物語は、主人公のウェルテルが新しい土地にやってくるところから始まる。ある日のこと、舞踏会に誘われて出かけたウェルテルは、若くて美しいシャルロッテに出会い、たちまちのうちに恋に落ちる。シャルロッテにはアルベルトという婚約者がいるにもかかわらず、ウェルテルは毎日のようにシャルロッテの家に通いつめ、ひたすらにシャルロッテを焦がれるようになる。このままではいけないと思い悩んだウェルテルは、シャルロッテに別れを告げて新たな土地で官職に就くが、どうしてもシャルロッテのことを忘れることができず、また元の土地に戻ってしまう。しかし、ウェルテルの苦悩はさらに深くなり、ついには自殺を決意してしまう。

作品の内容自体は単純で、シャルロッテを思い焦がれるウェルテルの苦悩が一人称で延々と書かれているだけだ。しかし、作品の構成はよくできていて、18世紀にこれだけ完成度の高い小説が存在していたということに驚く。同じ時代の日本には、これだけ心理描写の優れた文学作品など存在しなかったことを考えると、その凄さが理解できると思う。

それはともかく、ウェルテルと同じように、胸が苦しくなるような恋愛を経験したことがある男子ならば、思い切り共感しながら読むことができると思う。そもそも、胸を焦がすような恋愛を経験したことのない男子なんていないだろうから、すべての男子が共感できる内容だと思う。かくいう自分も、いつぞやの自分とウェルテルを重ね合わせながら読んだことは言うまでもない。

この作品を読んで思い出したのが、武者小路実篤の「友情」という小説だ。この小説も、男子の主人公がヒロインのことを一途に思い焦がれる内容で、そのいじましいまでのウジウジした心理描写を、高校生の頃に夢中になって読んだ覚えがある。また、ツルゲーネフの「初恋」という作品も同じようなテイストで、どちらも自分好みの小説だ。

しかし、冷静に考えてみると、このウェルテルという男子は、周囲の人間にとってかなり迷惑なヤツであることは間違いない。なにしろ、シャルロッテに婚約者がいることを知りながら横恋慕するだけならまだしも、その婚約者のアルベルトと一緒にいるシャルロッテのもとを毎日のように訪ねていくのだから、頭のネジが緩んでいるとしか思えない。

しかし、このアルベルトというのがよくできた男子で、自分の婚約者に横恋慕するウェルテルを友人として受け入れるのだからすごい。すごいというか、正直なところバカじゃないかと思う。自分が愛している女子におかしな男子がつきまとってきたら、普通の男子ならば追い返すだろう。少なくとも、自分ならば絶対にそうする。

ただ、情熱的で直情的なウェルテルとは対照的に、アルベルトは冷静で理知的な人間として描かれていて、その対比が面白いとは思う。わかりやすく言うと、ウェルテルはわがままな子供で、アルベルトは分別をわきまえた大人という感じだ。それにしても、もしも自分がアルベルトだったら、間違いなくウェルテルなんてぶっとばすと思う。それはもう、世界の果てまでぶっとばすと思う。

かなわぬ恋に思い悩んだウェルテルは、最後にはピストル自殺という手段を選ぶわけだが、これにしたってシャルロッテとアルベルトに対するあてつけみたいなものだ。しかも、シャルロッテに対する激しい思いをたっぷりと書き綴った遺書を残したりするから、さらにタチが悪い。そんなことをしたら、シャルロッテが周囲からどう思われるかなんて、まったく考えていないわけだ。

「恋は盲目」とはよく言ったもので、あまりにも相手のことを好きになると、自分の感情ばかりが先走ってしまって、周囲のことが見えなくなってしまうものらしい。自分には、さすがにそこまでの経験はないけれど、ウェルテルのように、自分の感情のおもむくままに生きることができる人間は、少しだけうらやましいと思ったりもする。

この作品は、ゲーテ自身の経験を基にして書かれたもので、小説のシャルロッテのモデルとなった女性もシャルロッテという名前だったらしい。この実在のシャルロッテさんにもやっぱり婚約者がいて、結局ゲーテの恋は実らなかったわけだが、それをネタにして小説を書くというあたりが、ゲーテのすごいところというか、図々しいところだと思う。

この作品は、発表直後にヨーロッパ中で話題となり、ウェルテルを真似て自殺する人も出るくらいのベストセラーになったらしい。ということは、実在のシャルロッテさんの存在も知られてしまっただろうから、彼女にしてみればいい迷惑だったに違いない。せめて、ヒロインの名前を変えるとか、設定をもっと変えるかすればいいものを、自分の体験をほとんどそのまま書いているだけだからタチが悪い。

そう考えると、ゲーテ自身がかなり迷惑な人間だったのだろうと想像がつく。なにしろ、74歳のときに17歳の女子に求婚したという逸話があるくらいだから、結局はそういう人間だったということだろう。いや、老人が少女に思いを寄せること自体は非難されるべきことではないけれど、それを実際に行動に移してしまうところに尋常ではないものを感じる。

ゲーテのことはともかく、ウェルテルのような情熱的な男子というのは、女子にとってはどんな感じなのだろうか。たとえば、ルックスも社会的な地位も経済力もほぼ同じレベルの男子が二人いたとして、一人はウェルテルのように情熱的で直情的な男子、もう一人はアルベルトのように冷静で理知的な男子だった場合、一般的な女子はどちらのタイプに惹かれるのだろうか。

もちろん、その女子の性格によって好みは分かれるだろうが、きれいに半分に分かれるということはなくて、必ずいずれかのタイプの方が過半数を獲得することになるはずだ。それが、ウェルテルのタイプなのか、アルベルトのタイプなのかを知りたい。それがわかれば、夢のモテモテ男子に向って、これからの行動の指針になるかもしれない。

これが男子の場合だったら、非常にわかりやすい結果になると思う。それは、自分の気持ちを表に出さないおとなしい女子よりも、積極的にアプローチしてくる女子の方が、男子は間違いなく好きだということだ。そもそも男子というのは基本的にバカな生き物だから、微妙な駆け引きというのは苦手で、わかりやすい恋愛を好むようにできている。

ということで、いつものように作品の内容からは大きく外れた読書感想文になってしまった。そもそも、読書感想文は子供の頃から苦手なのだ。大事なのは、読んで面白かったどうかだけで、それ以外の感想なんてグダグダと文章にするもんじゃない。そんなことはともかく、この作品自体はなかなか面白いので、まだ読んだことがないという人は、機会があれば読んでみてください。



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