13/03/31

桜の思い出

今年は、桜が満開になるまでは異様に早かったけれど、満開になってからはちょっとした花冷えが続き、今週末になってもまだ満開状態を保っている桜が少なくない。一気に咲いて一気に散るのが桜のいいところだけれど、今年のように花が長持ちするのも、なんだか得したような気分で悪くない。ただ、せっかくの週末が寒いというのが残念だ。

さて、今回も例によってネタ枯れだったりする。最近は毎回のようにネタ枯れだと言っているような気がするが、こんな調子でよくこれだけ続くものだと我ながら感心する。ということで今回は、桜にまつわるちょっと照れくさい思い出なんかを書いてみよう。かなり恥ずかしい内容になりそうな悪寒がするが、ほかにネタが浮かばないのでしかたない。

あれは、大学3年の春休みのことだった。友人から、歌舞伎町のキャバクラでバイトをしないかと持ちかけられた。その友人は、以前に夏休みのリゾート地で住み込みのバイトをしていたときに知り合ったヤツで、その後は歌舞伎町のキャバクラでバイトをしていたのだが、家庭の事情で1か月ほど帰省しなければならなくなったらしく、その間をピンチヒッターとして頼めないかということだった。

特に予定もなかったし、歌舞伎町のキャバクラというものにも興味があったから、二つ返事で引き受けた。店が混み始める夜の9時から入店し、店が閉まる朝5時までが自分の勤務時間だった。仕事内容としては単なる雑用係で、客の灰皿を取り換えたり、酒やつまみをテーブルまで運んだり、トイレを掃除したりと、身体は辛かったが、だれにでもできる簡単な仕事だった。

店に勤務しているのはすべて中国人女性で、チャイナドレスを着た女子がテーブルで接客するという、どこにでもあるような店だった。女子はみんな、「かおり」や「ひとみ」といった日本人の名前で店に出ていた。どの女子もきれいだったが、その中でも「さくら」という名前の女子が自分のストライクゾーンど真ん中だった。こういう水商売をしているのに、清楚な可愛らしさがあった。

お互いに仕事中だから、ゆっくり話す機会はほとんどなかったけれど、それでも短い休憩時間や閉店後のちょっとした空き時間に話すようになった。話をするたびに、どんどん彼女に惹かれていくのが自分でもよくわかる。もしかしたら彼女の方も、自分のことを憎からず思ってくれているんじゃないかと勘違いするまで、それほど時間はかからなかった。

しかし、たった1か月という短いバイト期間だから、時間をかけてゆっくり仲良くなるというわけにはいかない。なんとかしたかったら、自分でなんとかするしかない。そこで、バイトの最終日に、勇気を振り絞って彼女をデートに誘ってみた。断られたとしてもそれは覚悟の上、自分の思いを告げずにこのまま別れてしまうのだけは嫌だった。

だから、彼女から思いがけずオーケーの返事をもらったときには、天にも昇る気持ちだった。なにしろ、「自分の方から誘おうかと思っていた」とまで言われたのだから、そのときの気持ちがどんなものだったか想像がつくだろう。心の中で派手なガッツポーズを何度も何度も作りながら、その日は幸せな気分で帰り道を歩いた。

デート当日はよく晴れて、気持ちのいい陽気だった。お昼を食べてからぶらぶらと散歩をしたのだが、どこも桜が満開だった。そのときはとにかく舞い上がっていて、どうでもいようなことをあれこれと話していたような気がする。彼女はまだ日本語が不自由なところがあったけれど、一生懸命に自分の話を聞いてくれて、明るい声でよく笑ってくれた。

散歩の途中で、きれいな桜が咲いている小さな公園を見つけたので、そこで休むことにした。公園のベンチに並んで腰掛け、このときのために用意していたセリフを思い切って言った。その内容は恥ずかしくてここでは書けないけれど、20歳ののぼせ上がったガキが言いそうな恥ずかしいセリフを思い浮かべてくれればいい。いまから思えば、よくシラフであんな恥ずかしいことが言えたものだ。

それを聞いた彼女は、実はお店を辞めて中国に帰らなければいけないの、と話し始めた。詳しいことは話さなかったが、半年か1年くらいは日本に帰ってこられないということだった。それを聞いた自分は落胆した。せっかく仲良くなるきっかけを作って、勇気を振り絞って恥ずかしい告白までしたというのに、いきなり会えなくなるなんて。

そんな自分を見て可哀そうだと思ったのか、でも必ず戻ってくるから、と彼女は言った。ベンチから立ち上がった彼女は、バッグから小さな筒状の容器とシャベルを取り出し、そのシャベルで桜の根元を掘り始めた。何のために穴を掘っているのかよくわからなかったが、彼女のきれいな指が土で汚れるのが嫌で、彼女からシャベルを取り上げて代わりに土を掘った。

それくらいでいいよ、と言うと、彼女は手にしていた小さな容器を穴に埋めた。容器には何が入っているのかと訊くと、それは秘密といって彼女は笑った。気になるから教えてくれよと言うと、今度わたしが日本に戻ってきたときに、またここに来て一緒に開けてみようと答えた。なるほど、これは彼女が帰ってくるまでのタイムカプセルというわけか、そう考えると嬉しくなった。

必ず連絡するから、という彼女の言葉を信じて、その日はそのまま別れた。しかし、待てど暮らせど、彼女からは一向に連絡が来ない。彼女に教えてもらった中国の住所に手紙を出したこともあったが、宛先不明で戻ってきた。いまのようにメールで簡単に連絡が取れる便利な時代ではなかったから、こうなるともうお手上げだ。結局は体よくフラれたというわけだ。

しかし、最初から振るつもりだったら、なぜデートをオーケーしたのだろう。デートを申し込んだときに、そのまま断ればよかっただけなのに、なぜわざわざ付き合ってくれたのだろう。やっぱり、彼女も自分のことを好きでいてくれたんじゃないだろうか。何かやむにやまれぬ事情があって、こういうことになってしまったのではないだろうか。

頭の中では、そんな疑問がいつも渦を巻いていた。きっと、あのタイムカプセルにその答えが書いてあるに違いない、そう思ってあの公園に出かけたのは、あのデートの日からちょうど一年が経った頃だった。その日もいい天気で、公園の桜は満開だった。桜の根元を掘り返すと、あの日に埋めたタイムカプセルが出てきた。震える手で蓋を開けると、ひらがなばかりの大きな文字で書かれた手紙が入っていた。

「だましてごめんなさい。わたしはけっこんしています。あいては会ったこともないひとで、ぎそうけっこんというらしいです。そうしないと日本ではたらけないからです。わたしのいえにはしゃっきんがあって、それをかえすために中国からこわいひとにつれてこられました。だから、あなたとはもう会えません。でも、あなたのことはだいすきでした。それはほんとうです。わたしのことはわすれてしあわせになってください。さようなら」

そういうことだったのか。日本の風俗店で仕事をしているのだから何か事情があるのだろうとは思っていたが、そんなに深刻な事情があるなんて考えてもみなかった。自分はなんてのんきなヤツなんだろう。彼女はこんなに深刻な事情を抱えていたのに、自分は一人で舞い上がっていただけだなんて。もう一度手紙を読み返し、満開の桜の下で声を出して泣いた。

しばらくして落ち着くと、ペンを取り出し、手紙の裏に彼女に宛てて返事を書いた。その内容については、ここで書くのは恥ずかしいので勘弁してもらいたいが、21歳ののぼせ上がったガキが書きそうな恥ずかしい内容を思い浮かべてくれればいい。きっと、彼女はまだ日本にいるだろうから、この公園に来てタイムカプセルを開けることもあるかもしれない。もしかしたら、それがきっかけでまた何かが始まるかもしれない。

しかし、それから今日まで、この公園には一度も行っていない。行ったところで、どうにもならないことがわかっているからだ。でも、いつもこの時季になると、あの公園の桜のことを思い出す。もしかしたら、彼女からの返事がタイムカプセルに入っているかもしれない。今年こそは行ってみようかと思いながら、結局はこのまま行くことはないのだろうと考えている自分がいる。

ごめんなさい、全部ウソです。いいネタが浮かばなかったので、桜をテーマにした与太話を書いてみただけです。一日早いエイプリルフールということで勘弁してください。だいたい、自分ごときがこんなにドラマチックな恋愛をするわけがないじゃないですか。歌舞伎町の風俗店でバイトしたこともないし、中国人女性を好きになったこともありません。すべて頭の中だけで作った大嘘です。



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