13/03/17

渋谷についてダラダラと語ってみる

3月15日をもって、東横線の渋谷駅が営業を終了した。正確には、地上駅の営業が終了しただけで、地下深く潜ったところに新しい渋谷駅ができたらしい。当日は、最後の渋谷駅を見ようとする鉄道ファンたちが集まり、駅のホームは大混雑だったようだ。このニュースを聞いても、ふーん、渋谷駅の何がそんなに面白いのかねえ、くらいにしか思わない。

そもそも、渋谷という街自体にほとんど興味がない。渋谷ヒカリエなるものが新しくできたことくらいは知っているけれど、そのヒカリエがどんなものなのかもよく知らない。六本木ヒルズとか東京ミッドタウンみたいな感じの場所なんだろうなあと漠然と思うだけで、行ってみたいと思ったことすらない。ヒカリエというくらいだから、夜になったら光るのだろうか。まあ、どっちでもいいけど。

東京の繁華街といえば、新宿、渋谷、池袋、六本木、銀座といったところだろうか。この中で、相方と食事や買い物に出かけたりするのは銀座や六本木で、新宿、渋谷、池袋にはめったに行かない。特に、渋谷にはここ何年も行ったことがない。地理的に千葉から遠いということもあるけれど、あのごちゃごちゃとした街自体がどうしても好きになれない。

そうは言っても、学生の頃はそれなりに渋谷に出かけていた。なにしろ、佐渡の山奥から出てきたばかりの生粋の田舎者だから、東京に対しては憧れと同時にコンプレックスも抱えていて、都会的なセンスを吸収するために、こうした繁華街には機会があるごとに積極的に出かけていた。そのおかげで、いまではすっかり都会的なセンスを身に付けた素敵な大人に成長した。というのはもちろんウソだ。

上京したての頃は、ハチ公前や109前といったベタな場所で待ち合わせをしていると、ときどき高校の同級生と出会うことがあった。センター街や公園通りを歩いているときにも、田舎の知り合いに遭遇することが結構あった。自分と同じように、上京したての田舎者というのは、都会的なセンスを吸収するべく、とりあえず繁華街を目指すものらしい。

ただ、その当時から、渋谷に対してはなぜか好きになれない部分があって、新宿で飲み会があるときには普通に出かけていくのだけれど、渋谷に出かけるときには、ちょっとした緊張感があった。うまく説明できないけれど、碁盤の目のように整然とした街並みの新宿とは違って、谷底の中心から放射状に展開している渋谷の街に、ちょっとしたカオスみたいなものを感じていたのかもしれない。

東京近郊に住んでいない人にもわかるように説明すると、渋谷という街は、その名前のとおり谷になっていて、その谷底から道玄坂や宮益坂などの坂が放射状に延びている。この「放射状」というのが曲者で、新宿や銀座のような整然とした街並みであれば、人の流れも整然としたものになるが、渋谷のような街では人の流れが錯綜する。

それを象徴しているのが、渋谷駅前のスクランブル交差点だ。信号が青になったとたん、大勢の歩行者が自分勝手な方向に歩き出すものだから、ちょっとしたカオス状態になる。あれこそが、自分が抱く渋谷のイメージそのもので、放射状に展開している渋谷の街のいたるところで、みんなが自分勝手な方向に歩いている光景と見事に重なる。

また、大学間での棲み分けみたいなものも、当時はあった。いまはどうなのか知らないが、当時は、新宿は早稲田の学生のホームグラウンド、渋谷は慶応の学生のホームグラウンドという暗黙のルールがあった。早慶戦の帰りに打ち上げに会場に向かうときにも、早稲田の学生は新宿を目指して歩き、慶応の学生は渋谷を目指して歩くのがルールだった。その隊列は、見事なまでにきれいに分かれていた。

いまではそんなことはないと思うが、当時はまだ、早稲田の学生はバンカラ、慶応の学生はオシャレ、みたいなイメージがあって、キャンパスの立地という要素のほかにも、こうしたイメージが、新宿と渋谷の棲み分けの大きな要素になっていたと思う。早稲田の学生は、歌舞伎町の汚い居酒屋で安いサワーを飲み、慶応の学生は、渋谷のオシャレなカフェバーでカクテルを飲む、みたいなイメージだ。

まあ実際には、慶応の学生だって、渋谷の汚い居酒屋で安いサワーを飲んでいたのだろう。そもそも、渋谷だってそれほどオシャレというイメージはない。あくまでも、新宿や池袋に比べたら多少はオシャレな感じがするというだけのことだ。ガラの悪そうな若い衆だっていっぱいいるし、実はけっこう怖い街だったりする。

結局のところ、渋谷は谷間にできた街だから、基本的にはスラム街に近い。人間は、昔から見晴らしのいい高台を選んで住居を作ってきたという歴史がある。高台に住めない貧民層は、だれも住みたがらない谷間にしかたなく家を建てる。かくして、谷間にスラム街ができるというわけだ。だから、谷間にできた街にはあまりいいイメージがない。

なるほど、これまで自分が渋谷に対していいイメージがなかったのは、渋谷が谷間にできた街だったからだ。この覚書を書き始めるときには、あまり考えがまとまっていなかったけれど、書き進めるにつれて自分の考えがはっきりしてきた。やっぱり、文章を書くというのは、自分の考えをまとめるための優れた方法だ。それはともかく、結論としては、渋谷はどうしても好きになれない街だということだ。



今週の覚書一覧へ

TOP