13/03/10

ポール・オースターの「オラクルナイト」の感想を語る

なんだか一気に暖かくなってきた。これまでは、寒さを言い訳にしてロードバイクからは遠ざかっていたが、さすがにこの陽気ではじっとしていられない。昨日は久しぶりにロングライドを満喫した。しかし、これまでのブランクが長かったため、最初こそ快調に脚が回ったものの、途中から一気に脚が重くなってきて、180キロを走り終わったときにはヘロヘロになっていた。

脚が重く感じただけでなく、なんだか身体も重く感じた。今年は正月休みが長かったため、休み明けには体重が2キロくらい増えたのだが、その分をまだ引きずっているような感じだ。現在の体重は58〜59キロくらいだから、自分としてはそれほど重いというわけでもないけれど、これからロードバイクに乗る機会も増えることだし、あと2キロくらい絞ろうかと考えている。

それにしても、若い頃は少し食事の量を減らすだけで、2キロくらいはすぐに落ちたものだが、いまとなってはたった2キロ落とすのにも苦労する。その逆に、少し食べ過ぎただけですぐに体重が増えるから困り者だ。これも年齢のせいなのだろう。油断するとすぐメタボになるし、視力は落ちるし、人の名前は思い出せなくなるしで、歳を取っていいことなんて一つもない。いっそ、早く歳を取って早く死にたい。

さて、今回はポール・オースターの「オラクルナイト」の感想について書いてみたい。ポール・オースターは割と好きな作家で、この「オラクルナイト」を含めて、これまでに11冊読んでいる。オースター氏の作品は、突飛な設定が出てくるものが多いのだが、この作品はかなりわかりやすい設定になっているから、戸惑うことなく読むことができた。

簡単な感想はこちらに書いてあるのだが、きっとだれも読まないだろうから、ここで改めてこの作品について語ってみたい。まずは、あらすじを以下に紹介しておこう。

物語の主人公は、34歳の作家のシドニー。重病を患って生死の境をさまうが、なんとか回復して退院する。そんなある日のこと、街で見かけた文房具屋に立ち寄り、青いノートに一目ぼれして買ってしまう。ノートを開くと、創作意欲が湧き起こり、夢中で小説のプロットを書いていく。そうして順調に回復していくシドニーだったが、妻のグレースの様子がおかしいことに気付く。情緒不安定になって突然泣き出したり、何の連絡もなく外泊したりで、何か秘密を抱えているのではないかと疑いを抱く。やがてその疑いは、家族同然の付き合いをしているジョンへと向けられていく。

主人公のシドニーが青いノートに小説のプロットを書く場面があり、これが作中作となっているのだが、この作中作が非常に面白い。ある男が夜中にちょっとしたお使いに出かけるのだが、あることがきっかけとなり、それまでの人生をすべて捨てて、知らない街で新しい人生を始める。この男が、一目ぼれした女性に電話をかけ、留守電に告白のメッセージを残すシーンが出てくるのだが、これがすごくいい。

残念ながら、自分には一目ぼれの経験はないけれど、この男みたいに、自分の気持ちを素直に打ち明けることができれば素晴らしいとは思う。世の中の多くの人間は、すごく好きになった人がいたとしても、自分の気持ちを押し殺して、悶々とした日々を送っているのだと思う。それは、自分が傷つくことが怖い場合もあれば、相手の迷惑にならないようにと気遣う場合もあるだろう。

しかし、人が人を好きになる感情というのは本当にやっかいなもので、そうして自分の気持ちを押し殺すほど、相手への思いは高まっていったりする。こうなると、理屈や理性で自分の気持ちを抑えるのは難しくなってくる。そんなときに、このキャラクターのように、自分の気持ちを素直に吐き出すことができれば、それは素晴らしいことだと思うわけだ。

片思いの苦しさというのは、自分はこんなに相手のことを思っているのに、相手は自分のことなんて何とも思っていない、という報われない感情にこそあると思う。なんだか、自分がバカみたいに思えてきたりする。だから、相手に対してわざとそっけない態度を取って、こっちはあなたのことなんて何とも思ってないんだからね、みたいなささやかな抵抗をしたりする。

結局のところ、男女間の愛情のもつれというのは、お互いを思う気持ちの間にズレがある場合に生まれるのだと思う。お互いを思う気持ちがどちらも100パーセント相手に向けれらているのが理想的な状態だ。これならば、何も問題は起こらない。しかし、その比率がどちらかに大きく傾くと、報われないという感情が一方に芽生えてくる。たとえ結婚している男女であっても、片思いと同じような状態が発生するわけだ。

相手のことを深く思うほど、こうした報われない感情というのは、心に大きな傷を残すことになる。辛い恋愛を経験した人が、もう二度と人を好きにならない、なんていうセリフを口にするのは、きっとそういうことだ。ただ、こういうカッコいいセリフは、それなりにカッコいい人にだけ許されたもので、使い方を間違えると失笑される場合もあるから注意が必要だ。

あれは、大学生の頃だったか、それとも社会人になりたての頃だったか、ともかく自分がまだ若かった頃に合コンに参加したことがあった。自分の隣には五輪真弓によく似た女子が座っていた。おいおい、よりによって五輪真弓かよ、などと思いながら話し相手になっていたのだが、途中から恋愛の話になっていった。

とりあえず、適当に相槌だけは打っていたが、正直なところ、話なんて聞いていなかった。初対面の女子の、しかも自分の好みではない女子の恋愛話を親身になって聞いてあげるほど、自分は度量の広い人間ではない。それはともかく、一通り話し終えた五輪真弓は、ワンレンの髪をかきあげながら、だからもう恋愛なんてしたくないの、と呟いた。

さすがに、このセリフにはどう対応していいものか困った。どうやら、本人としては浅野温子になり切っているようなのだが、やっぱりどこからどう見ても五輪真弓なのだから困る。それぞれに盛り上がっている周りのメンバーを見渡し、いったい俺にどうしてほしいんだよと思いながら、そして僕は途方に暮れた(by 大澤誉志幸)。

まあ、この五輪さんにしても、自分なりに辛い恋愛をしたのだろう。ただ、自分が傷つきたくないからもう恋愛はしないというのも、なんだかもったいない話だと思う。だれかを好きになるというのは、人間にだけ許された感情だ。つまり、恋愛をしてこそ人間だということも言えるわけで、せっかく人間として生まれたからには、人を好きにならなきゃもったいない。

自分の乏しい恋愛経験を基にして書いているものだから、例によってまとまらなくなってきた。「オラクルナイト」の感想というよりも、支離滅裂な恋愛論になってしまったけれど、作品自体は非常に面白いので、機会があればぜひ読んでみてください。読み方によって、いろんなことを考えさせてくれる作品だと思います。



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