13/02/24

覚書に関するあれこれ

森元総理がロシアを訪問してプーチン大統領に会ったらしい。その会談の中で北方領土問題についての話が出て、日露双方が納得できる形での解決方法を模索する、みたいなことになったようだ。なんだか、いつもこんなことの繰り返しで、この問題はいつになったら具体的な進展を見せるのか、いい加減になんとかしてくれと思ってしまう。

たしかに4島一括返還が正論ではあるけれど、それにばかりこだわっていては、結局ズルズルと現状のままで時間ばかりが過ぎていくだけだ。4島一括返還のほかに、2島+2島返還論(歯舞と色丹を先行して返還させ、残りの2島も段階的に返還させる)、3島返還論(歯舞、色丹、国後)、3.5島返還論(歯舞、色丹、国後、択捉の一部)があるが、個人的には3島返還論が一番現実的だと思う。

3島返還論の場合、4つの島のうち、面積が一番大きな択捉島を放棄してしまうことになり、面積的には損をしてしまうが、何も返ってこないよりもはるかにマシだ。それに、歯舞、色丹、国後の3島が日本領になると、北海道の地図が見開きページにちょうど収まって、見た目としてもかなりの納得感がある。とにかく、現在のように根室湾に食い込む形で領土が侵略されているという事態は異常だ。早くなんとかしてもらいたい。

さて、例によってそんな前フリとはまったく関係なく、今回は覚書に関するあれこれを書いてみたい。なぜ覚書について書くのかというと、今週は何もネタが浮かばないからだ。これまでネタに困ったときには、趣味のロードバイクについてあれこれ書いてお茶を濁してきたのだが、今年の冬は寒くてなかなかバイクに乗る機会がないので、それも難しい。だったら、覚書そのものをネタにしてやれというわけだ。

早いもので、この覚書を毎週更新して、もう13年目になる。世の中には、何年もの間、毎日ブログの更新を続けているというすごい人もいるから、そういう人に比べたらまったく大したことはないけれど、自分としてはよくここまで続いたものだと思っている。それというのも、飽きもせずにこのサイトにアクセスしてくれるあなたがいるからこそだ。本当にありがとうございます。

サイトを開設した当初の覚書は、ネットデビューしたてということもあり、なるべく当たり障りのないような内容で、文体も「ですます」調で書いていた。早い話が、偉そうなことを書いて叩かれたらどうしよう、みたいな腰の引けた文章だったわけだ。この頃の文章はヘタクソで、内容も幼稚だから、とにかく恥ずかしい。あまりにも恥ずかしいから、当時の覚書を読み返すことはない。

当時は、サイトを運営するにあたって、定期的に更新するコンテンツが必要だと思って覚書を書いていたにすぎなかった。要は、英語学習サイトの単なる一コンテンツという位置付けだったのだ。しかし、覚書の更新を続けていくうちに、覚書こそがこのサイトのメインコンテンツになっていった。いっそのこと、「30歳からの独習英語」というサイト名を「今週の覚書」に変えてもいいくらいだ。

開設当初と比べて、一回の覚書のボリュームもかなり増えた。当時は、ほんの数行だけ書いて終わりにしていたこともあったが、現在ではどんどんとボリュームが増えてきて、400字詰原稿用紙に換算すると、7〜8枚くらいになっていると思う。ここまで長く続けていると、いい加減にネタもなくなってきているのだが、なぜかボリュームだけは増えている。

ネタ枯れについては深刻で、だから今回もこんなくだらないことを書いているのだけれど、苦し紛れに同じようなことを繰り返し書いているような気がする。だれに頼まれているわけでもないのだから、いい加減にやめればいいのかもしれないが、ここまで長く続けると、この覚書自体に愛着がわいてきて、すっぱりとやめるという踏ん切りをつけるのはなかなか難しい。

日曜日の午前中に覚書をアップするというのは、いまではすっかり生活の一部になっていて、よほど忙しくない限り、かなり優先順位の高い休日の作業になっている。ダイニングテーブルにノートパソコンを置き、普段の仕事さながらの集中力でキーボードを叩いて覚書を仕上げ、サーバーにアップロードすると、ちょっとした達成感みたいなものを覚える。

しかし、文章のボリュームが増えたせいで、覚書を完成させるための時間も増えてきた。書き始めてからアップロードするまで、平均で1時間半くらいかかっているだろうか。調子がいいときは、1時間くらいで仕上がることもあるが、調子が悪いときには、2時間くらいかかることもある。この調子の良し悪しというのは、パソコンに向かう前に、頭の中でどれだけ構成ができているかによって大きく左右される。

週末になると、今回は何をネタにして書こうかと考えるのだが、そのときにパッとテーマが思い浮かんだ場合は、大抵調子がいい。その逆に、なかなかアイデアが浮かばず、あれこれと考えた末にパソコンに向かった場合、やっぱりキーボードを叩くときにもあれこれと考えてしまい、完成までにかなりの時間がかかることになる。

時間がかかる場合というのは、ほとんどがグダグダな展開になって恥ずかしい覚書になってしまう。そうしたグダグダな覚書の例を挙げてみると、「生きることのコスト」や「文鮮名の死去について思うこと」や「死刑制度について改めて考えてみる」などがそうだ。少しばかり難しいテーマになると、自分の頭では問題点を整理しきれなくて、こういうまとまらない文章になってしまう。

逆に、自分としてはわりと上手く書けたと思えるのは、「外食産業にはなぜブラック企業が多いのか」や「アンケート調査の落とし穴」などだ。こうしたテーマについては、日頃から興味を持っているから、実際に書くときにも、すんなりと考えをまとめて書くことができる。まあ、読んでいる人からすれば、どの覚書も同じようなものだと感じているのだろうけれど。

ただ、自分の中で「これはよく書けた」とか「これはダメだった」と点数を付けられる覚書というのは少なくて、覚書の多くが、どうでもいいようなことをやっつけで書いているだけだったりする。ロードバイクのことや、学生時代の思い出など、特に頭を使う必要のない覚書がそれにあたる。今回の覚書も、その範疇に入るだろう。

でも、読む人にとってみれば、そうした内容の薄い覚書の方が気楽に読めるのかもしれないとは思う。ただ、自分としては、少しくらいは小難しいテーマについても書いてみたいという気持ちがあるから、まとまりのない文章になるのがわかっていながら、今日もこうして書いているというわけだ。やっぱり今回もグダグダになってしまったけれど、こんな感じで引き続きよろしくお願いします。



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