12/10/28

マイクロソフトの傲慢さ

石原さんが都知事を辞任して新党を結成するらしい。なんだか、いろいろとすごい。石原さんのことは、個人的には嫌いではないから頑張ってほしいとは思うけれど、正直なところ、政治家としての賞味期限はとっくの昔に切れているとも思う。なにしろ80歳だもの。最近のお年寄りは元気だとは言っても、政治家としてはさすがにどうかと思う。

ただ、都知事というポジションから国政を批判するというこれまでの安全な立場を捨てて、自ら国政に打って出るという姿勢は評価されるべきだと思う。これで、「言いたいことだけ言って、結局自分では何もしないじゃないか」という批判はなくなるわけだから。尖閣の国有化にしても、石原さんが行動を起こしたことがきっかけになったわけだから、なんだかんだ言っても行動力はある人だと思う。

そんな石原さんのニュースの陰に隠れた形になってイマイチ盛り上がらなかったが、Windows8 が発売されたというのも、今週の大きなニュースだった。自分としては、この手のことにはまったく興味がなくて、はっきり言ってどうでもいい。むしろ、今度マシンを買い替えるときには、また新しいインターフェースの使い方を覚えなければいけないのかと思うと、面倒ですらある。

つい最近 Windows7 がリリースされたばかりなのに、もう新しいOSが出ちゃうの? というのが正直な気持ちだ。しかも、聞くところによると、これまでのインターフェースとは大きく異なっていて、パソコンというよりも、むしろスマホやタブレット端末のインターフェースに近いものになっているらしい。スマホもタブレットも使ったことがない人間としては、少しばかり腰が引けてしまう。

マイクロソフトとしては、ノートパソコンの売り上げがタブレット端末に猛追されていることに危機感を抱いているらしい。何年後かには、ノートパソコンとタブレットの売り上げが逆転するのは確実とも言われているようだ。マイクロソフトとしては、今回の Windows8 をきっかけにして、タブレットユーザーも取り込もうという意図があるのだろうが、はたして思惑どおりにいくだろうか。

そもそも、パソコンがタブレットの操作性を真似る必要があるのかということが疑問だ。パソコンの存在価値は、大きな画面で複雑な作業を行うことにあると思う。ワードで製品マニュアルを作ったり、パワポでプレゼン用の資料を作ったり、エクセルを使っていろんなデータを加工したり、といった作業は、やっぱり画面の大きなパソコンでなければできない作業だ。

一方、簡単なスケジュール管理や、出先でちょっとした連絡を取りたいときなどは、タブレットで十分だろう。煩雑なデータ入力を伴わない作業なら、タブレット端末でもビジネスに活用できると思う。しかし、タブレットだけで完全にパソコンの代わりになるわけではない。逆に、パソコンではオーバースペックになる場合だってあるだろう。

パソコンとタブレットというものは、本来競合すべき性格の機器ではなくて、お互いを補完し合う性格が強いものだと思う。ノートパソコンにはノーパソコンにしかできないことがあるし、タブレットにはタブレットにしかできないことがあるし、スマホならスマホにしかできないことがある。それぞれのエリアで、きっちりとした棲み分けを考えたほうがいいような気がする。

結局、マイクロソフトは大きくなりすぎたということなんだろう。肥大化しすぎた組織を維持していくためには、さらに拡大路線を取っていく必要があるわけで、その象徴が今回の Window8 であり、独自のタブレット端末として発売された Surface であるということだろう。これで、マイクロソフトがハードウェアの分野にまで拡大路線を取っていくという姿勢が鮮明になったと思っている。

しかし、こんなことがいつまでも続くとは思えない。いまのマイクロソフトを見ていると、莫大な人口を抱えて資源の確保に必死になり、周辺の国々との間でいくつもの領土問題を起こしている中国のことをいやでも連想してしまう。多くのユーザーが感じていることだと思うが、要するに、マイクロソフトは傲慢なのだ。

短期間で新しいOSを次々にリリースし、そのたびに大きくインターフェースを変えて、以前のOSのサポートは早々に打ち切るというマイクロソフトのやり方に嫌気がさしているユーザーは決して少なくないと思う。ただ、嫌々ながらも Windows 製品を買い続けるのは、そのほかに選択肢がないからだ。自分もなんだかんだ言いながら、結局は Windows を使い続けている。

思えば、Windows3.1がリリースされた頃はよかった。仕事で客先に新しい端末を納品するときに、初めてWindows3.1をインストールしてみたのだが、そのグラフィカルなインターフェースは素晴らしいと思った。なにしろそれまでは、味もそっけもない画面から「FORMAT」だの「SCANDISK」なんていうDOSコマンドを入力していたのだ。

それが、ディレクトリのアイコンがツリー構造になって表示されるわけだから、なんて便利なんだろうと感動したのも理解してもらえると思う。なにしろ、「DEL」とか「MOVE」なんていう呪文のようなコマンドをいちいち入力しなくても、アイコンをマウスで操作するだけで、ファイルやディレクトリを削除したり移動したりできるのだから。

Windows という優れたOSのおかげで、それまではごく一部のマニアのおもちゃだったパソコンが、だれでも使える便利なツールになったことは間違いない。Windows がはたした社会的な役割というのは、それはもうすごいものだと思う。しかし、だからと言って、いつまでも Windows が市場を独占していいということにはならない。そろそろ、マイクロソフトの傲慢なやり方には嫌気がさしてきた。

個人的には、この Winows8 がきっかけになって、マイクロソフトが凋落していくのではないかと思っている。まあ、自分はデジタルっぽいことに関してはまったくのド素人だから、これは予想というよりは期待といったほうが当たっているかもしれない。でも、次にパソコンを買うときにも、結局は Windows 製品を買っていそうな気がするのも事実だ。




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