12/09/23

本格的に視力が落ちてきた

キセノンこと稀勢の里は相変わらず肝心なところで負けるし、日ハムの斎藤君は二軍に落ちたまま一向に調子が上がってこないしで、なんだか鬱憤が溜まる。やっぱり、どうせファンになるんだったら、白鵬とかダルビッシュとか、圧倒的に実力のあるスポーツ選手のファンになった方が、精神衛生的にいい。中途半端な実力の選手を応援していると、フラストレーションが溜まる一方だ。

さて、まったくどうでもいいことだけれど、最近になって本格的に視力が低下してきた。具体的には、自分のサイトに設置しているカウンターの数字がよく見えないレベルだ。「450」とか「195」みたいな数字なら問題なく識別できるが、「223」とか「323」みたいに似たような数字が並んでいると、かなり怪しくなってくる。よく目を凝らさないと、「2」なのか「3」なのかわからない。

視力の悪い人にしか見えないパターンを紹介しているページがあったのでチャレンジしてみたところ、何の問題もなく見えてしまった。まあ、今年受診した健康診断でも、視力が0.3と0.4という結果だったから、それほどよくないことは自分でもわかっているのだが、最近になってさらに視力が低下しているような気がする。

それを一番感じるのが、仕事を終えて家に帰るまでの間だ。一日中パソコンの画面とにらめっこをしながら作業しているからだと思うが、帰り道ではとにかく物が見えづらい。いまのところ、日常生活に支障が出るほどのレベルではないけれど、このペースで視力の低下が進行していけば、裸眼での生活が不可能になる日はそう遠くないうちに来ると思う。

子供の頃は目がよかった。小学生の頃は常に1.2くらいの視力はあったし、20代前半の頃は両目とも1.5だった。この頃が自分の視力のピークで、ほかには何も自慢できるところはないが、目がいいことだけが自慢だった。だから、逆に視力の悪い人の視界というものに興味があって、一度くらいは目が悪くなってみたいなどとバカなことを考えるくらいだった。

そんな感じで、視力に関してだけは思い切り調子に乗っていたのだが、20代後半の頃から徐々に低下していった。これにははっきりとした原因があって、それは英語の勉強を始めたことだ。休日になると、開館から閉館までずっと図書館の学習室で勉強していたのだが、どうやらこれがよくなかったらしい。この頃からはっきりと視力の低下を自覚し始めた。

当時は、英字新聞の社説を切り抜いて大学ノートに貼り付け、そこから未知の単語を拾い出して暗記するという方法で勉強していたのだが、もしこれが英語ではなく日本語だったら、それほど視力は落ちなかったのではないかと思う。読みなれない言語の文章を必死に追いかけるというのは意外に目を酷使するものらしく、図書館から帰るときにはかなり目の疲れを感じたものだ。

それからは一度も視力の回復を感じることなく、現在までゆっくりと下降線を描いてきているというわけだ。このまま何も手を打たなければ、眼鏡やコンタクトのお世話になる日もそう遠いことではない。いますぐに必要になるということはないだろうが、眼鏡とコンタクトのどちらにするか、いまから考えておくべきかもしれない。

相方も目が悪いのでいろいろと相談しているのだが、やはりどちらも一長一短があるようだ。眼鏡の場合、気軽にかけ外しができるのがメリットだが、視界が狭くなるのが欠点らしい。眼鏡のレンズは眼球の可動範囲をすべてカバーするわけではないから、その範囲内でしか物を見ることができない。また、レンズと裸眼との境い目で視界が変わるというのも、けっこうなストレスになるものらしい。

その点は、コンタクトレンズならば問題ない。眼球を直接覆うわけだから、視界が狭くなることもないし、眼球の可動範囲が制限されることもない。その代り、日々のメンテナンスに手間がかかるという欠点がある。また、コンタクトをしたまま寝ると、最悪の場合失明することもあるというから、ズボラな自分にとっては向かないような気がする。

そうなると、自分に向いているのは眼鏡ということになるが、今度はロードバイクに乗るときにどうするかという問題が発生する。眼鏡をかけてロードバイクに乗るとなると、その分だけ視界が狭くなるわけだから、何かと危ないんじゃないだろうか。それに、眼鏡をかけてしまうとサングラスはかけられなくなるから、それも困る。日光が強いときは、遮光性のあるアイウェアがやっぱり必要だ。

眼鏡にしろコンタクトにしろ、一度装着してしまうと、それをきっかけにしてさらに視力が低下していくものらしい。よく見えるようになったことに安心した目の筋肉が怠け者になってしまうからそうしたことが起きるのだろうか。正確な理屈はよくわからないが、それが本当だとすれば、できる限り裸眼で頑張ったほうがいいということになる。

そんなわけで、自分もそろそろ本気を出して視力回復の方法を考えなければならない。視力回復までいかなくとも、なんとか現在の視力は維持したい。そうしないと、次回の免許更新の視力検査にパスできなくなってしまう。昔は視力のことで悩むなんて思いもしなかったのに、なんだか面倒なことになってきた。




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