12/08/26

夏の終わりに語る怪談

毎日いやになるくらい暑くて、夏の終わりという感じはまったくしないけれど、とりあえず8月ももう終わろうとしているので、せっかくだから今回は夏っぽいことを書いてみたい。夏といえば、やっぱり怪談だ。これまで、この覚書で怪談を書いたことはなかったけれど、怪談っぽい体験がまったくないということではない。

この覚書でも何度か書いているが、自分はオカルトっぽいことはほとんど信じていない。UFOが地球の周りをブンブン飛んでいるとか、超能力で未来のことが予知できるとか、霊が写真に写り込むとか、そんなバカげたことは頭から否定している。しかし、そうしたことが本当にあったら素敵だろうなと、最近になって考えるようになってきたのも事実だ。

だからというわけでもないだろうが、最近になって不思議なことを体験することが増えてきた。もちろん、そのほとんどが他愛もないことで、人に話したら笑われるくらいのことだし、自分でも「きっと気のせいだろう」くらいにしか考えていない。それでも、どんなにもっともらしい理屈をつけてみたところで、やっぱり説明がつかないこともある。今回は、そんなお話しだ。

あれは、一昨年の5月だったと思う。絶好の晴天に誘われて、いつものようにロードバイクにまたがって走り出した。この日は、房総の山を走ろうと、養老渓谷を目指した。紅葉の季節に電車に乗って散策に来たことはあるが、ロードバイクで走るのはこのときが初めてだった。適度にアップダウンがあって、貧脚の自分にとってはちょうどいい刺激になる。

しかし、このあたりには自分が大嫌いなトンネルが多い。それも、素掘りのような細くて暗いトンネルだ。そのトンネルも、入口こそしっかりとしたトンネルに見えたが、少し進むとまるで素掘りのようになり、照明も弱くて自分の足元さえよく見えない。交通量が少ないことだけが救いで、これで脇をトラックなどがビュンビュンと走り抜けようものなら、生きた心地はしないだろう。

そんなことを考えながら走っていると、ようやく出口の明かりが見えてきた。それと同時に、向こうから走ってくるロードバイクにも気付いた。暗くてよく見えないが、白のジャージを着ていることだけはわかる。絶好のロードバイク日和なのに、その日はほとんど他のローディーに会わなかったから、少しうれしくなった。

我々ローディーは、こうして道ですれちがうことがあると、手を挙げたり会釈したりしてお互いに挨拶を交わすのがエチケットになっている。そのときも、自分のほうから右手を挙げて挨拶すると、そのローディーも軽く会釈を返してくれた。こんな人気のないところでも、やっぱりローディーはいるんだなと、そのときは嬉しく感じた。

その日はそれ以上のことは何もなく、ごく普通にロングライドを楽しんで終わった。次に養老渓谷に出かけたのは、それから半年後のことだった。バイクで走りながら、養老渓谷の紅葉も楽しもうという趣向だ。その日も晴天に恵まれて、気持ちよく走っていると、あの不気味なトンネルにたどり着いた。

前回に通り抜けたときの怖さを思い出して、トンネルの前で少し躊躇したが、こんなところで止まっているわけにもいかないから、覚悟を決めてトンネルの中に進んだ。トンネルに入った瞬間、サッと空気が冷えるのがわかる。弱い明かりを頼りに足元を確認しながら、安全第一でゆっくりと、でも気持ちは焦りながらトンネルを進んでいく。

出口の明かりが見えてホッとしたその瞬間、心臓がトクンと大きく脈打った。前回と同じように、向こうからロードバイクが走ってくる。しかも、上下白のジャージを着た人が乗っている。すれちがう時間はほんの一瞬だから詳しい人相まで覚えているはずがないのに、あのときの人に違いないと直感的に思った。しかも、11月だというのに、あのときと同じ半袖・短パンのジャージを着ている。

この予期していなかった遭遇に戸惑っていると、今度は向こうのほうから手を挙げて挨拶をしてきた。自分もあわてて頭を下げるが、心臓はまだドキドキしたままだ。トンネルを抜けて少し走ったところで自動販売機を見つけたので、バイクを止めて缶コーヒーを買った。自分を落ち着けるようにゆっくりと飲みながら、さっきの出来事をもう一度冷静に考えてみた。

たしかに自分とすれば、2回だけ走ったトンネルの中で、その2回とも同じ人に会うというのはすごく不思議なことに感じるが、たまたまタイミングがあっただけのことかもしれない。おそらく、あの人はこのあたりをホームコースにしていて、毎週のように走っているのだろう。そこに自分が2回とも同じようなタイミングでトンネルを走ったというだけの話だ。

半袖のジャージにしたって、気合いの入った人ならば、真冬でも半袖ジャージで走る人はいる。それに、11月とはいっても今日は比較的暖かいから、日中に限っていえば、半袖で走ってもおかしいというほどでもない。なんだ、冷静になって考えればちゃんと説明がつくじゃないか。とりあえず合理的な説明を考え出して、そのときは自分をなんとか納得させた。

しかし、それからもあのローディーのことがなんだか気になって、年が明けた真冬の2月に、もう一度あのトンネルに出かけた。その日は最高気温が10℃に達しない寒い日で、山の中に入るとさらに寒く感じる。わざわざこんなに寒い日を選んだのは、もしまたあのローディに出会った場合、やっぱり同じように半袖・短パンのジャージを着ていたら、それはきっと「アレ」に違いないと考えたからだ。

しかし、好奇心だけでトンネルの前までやってきたが、いざとなるとトンネルの中に入っていく勇気が出ない。今回ばかりはなんだか嫌な予感がする。もし同じようにあのローディーに出会ってしまったら、そして、同じように半袖・短パンのジャージを着ていたらどうしよう。それを確かめにきたはずなのに、トンネルに入ることを全身で拒否している自分がいる。

そうして迷っているうちに、トンネルの中からロードバイクのペダルを回しているような音が聞こえた。さらに、小さなライトがこちらに向って進んでくるのが見える。いや、正確にはそんな音が聞こえた気がして、そんな光が見えた気がしたというだけのことかもしれない。しかし、ここであのローディーと目を合わせてしまったら取り返しのつかないことが起こるような感じがした。

気が付くと、トンネルに背を向けて全力で走り出している自分がいた。とにかく、全力でペダルを回す。しかし、ただでさえ気が動転して呼吸が苦しい状態だから、すぐに疲れてくる。後ろを振り向くことはできないが、あのペダルを回す音がだんだんと近づいてくるのがわかる。逃げ切るのは無理だと判断し、道路の左側いっぱいに寄って徐行しながら、右手で「お先にどうぞ」というサインを送る。

しかし、いくら待っても一向に追い抜いていく気配がない。しかたがないから、完全にバイクを止めて待ってみるが、それでも追い抜いていかない。まさか、自分のすぐ後ろでバイクを止めているのかもしれない。でも、いったい何のために? 思い切って後ろを振り向こうと思うのだが、目を合わせたら最後、取り返しのつかないことが起こるような気がしてどうしても振り返ることができない。

結局、見えない影におびえながら、そのまま交通量の多い道路まで走った。脇を走るクルマのおかげで、あの嫌なペダルを回す音はいつの間にか消えていた。信号待ちで思い切って後ろを振り向いても、もうだれもいない。よかった、これで助かった。大きく息を吐き出しながら、でも何から助かったんだろうと考えて、臆病者の自分がなんだかおかしくなった。

話はこれで終わりだ。特にオチがあるわけでもなく、大して怖い話でもないけれど、自分にとってはかなり怖い思いをしたことは間違いない。あれから、そのトンネルには一度も行っていないし、これからも行くつもりはない。帰ってきてから、このトンネルについてググってみたのだが、特に「出る」という噂もないようだ。やっぱり、あれは臆病な自分の気のせいだったのだろう。

などともっともらしく書いてみたけれど、これは全部作り話です。暑さのおかげで例によってネタ枯れだったので、思いつくまま適当に与太話を書いてみました。どうもごめんなさい。今度はもっと完成度の高い怪談を仕込んでおきますので、またそのときにでも。




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