12/08/05

柔道競技のジュリー制度について考えてみる

先週は仕事が忙しくて覚書を書いているヒマがなく、つい更新をサボってしまいました。どうもごめんなさい。オリンピックが始まったら、週末はずっとテレビの前で観戦しようと思っていたのに、気付いたら、週末もずっと会社の端末に向って仕事をしている自分がいた。なにもこんなタイミングで忙しくならなくてもいいのにと思うのだが、なかなか思うようにならない。

思うようにならないと言えば、今回の日本柔道もまったく思うようにならなくて、ただでさえ仕事のストレスがたまっているのに、さらにストレスがたまってしまう。しかし、これほど情けない結果になるとは予想していなかった。事前の予想では、男女合わせて4つくらいは金メダルを獲ってくれるだろうと思っていたのに、終わってみればたったの1個という結果だ。

競技初日に金メダルが獲れていれば、その後の展開は大きく違っていたかもしれないが、日本チームとしては最初の流れが悪すぎた。流れに乗っていけなかった原因として、この大会から導入されたジュリー制度が果たした役割は決して小さくないと思う。ジュリーといっても、沢田研二が審判をするわけではない。

まあ、これは日本だけでなく、外国勢にとっても同じ条件だから、日本だけに不利に働いたということではないが、この新しい制度に選手たちがとまどっていたことは間違いないだろう。なにしろ、主審が「有効」や「技あり」と判定しても、すぐに沢田研二が「それは違うだろう」と外野から物言いをつけて、そのたびに試合の進行がストップしてしまう。

進行がストップするだけならいいが、一度は「有効」と判定された技が取り消されてポイントなしになったり、「一本」と判定されて「勝った!」と思った次の瞬間「技あり」に訂正されたりするのだから、選手としたらたまったものではない。「一本」と判定されて「よっしゃ!」と気が緩んだところを、もう一度気合いを入れなおして試合続行するのはきっと厳しいだろう。

逆に相手の方は、一度は負けを宣告されたところを救われたわけだから、もうけものと思ってどんどん攻めてくる。こうなると精神的には完全に立場が逆転してしまう。柔道に限らず、どういったスポーツでもメンタル面は大きく影響するから、こうもコロコロと判定が変わってしまうのでは、選手としても試合に集中できずに気の毒だ。

そして、今大会で最も驚いたのが、例の海老沼の試合で判定が覆ったことだ。5分間の本戦では決着がつかず、3分間の延長戦に入って海老沼が出した小内刈りが「有効」と判定されたが、ジュリーが物言いをつけて取り消しとなり、そのまま時間切れ。旗判定では相手選手に3本挙がったものの、会場から大ブーイングが起こり、これに慌てたジュリーが判定のやり直しを命じて、結局は海老沼の勝利になった。

その一部始終をテレビで見ていたのだが、最後の旗判定で青が3本挙がったときには、テレビの前で立ち上がって「ウソだろ?」と思わず大きな声を出してしまった。2対1で判定が分かれるのであればまだしも、3人とも一致しているのだから信じられない。あの試合内容で勝てないのであれば、もう柔道という競技に絶望するしかない。

この判定はとにかくおかしなことだらけだ。まず、海老沼の技を有効と判断した3人の審判が相手選手の勝ちと判定したことがおかしい。たしかに、このポイントはジュリーによって取り消されたわけだから、理屈としては相手選手の勝ちと判断してもおかしくはない。しかし、いくら理屈がそうだとしても、一度は自分たちが有効と判断したポイントを取り消すわけだから、自分たちのジャッジを自ら否定していることになる。

これはジュリーにしても同じことで、一度は自分たちの判断で有効のポイントを取り消させたにもかかわらず、相手選手に旗が挙がって大ブーイングになると、あわてて判定のやり直しを命じているわけだから、これも自分たちのジャッジを自ら否定していることになる。ここまでグダグダだと、審判もジュリーも、いたい何がしたいのかまったくわからない。これでは選手たちがかわいそうだ。

国際試合の審判のレベルの低さというのは以前から問題になっていて、ジュリー制度にはそれを解決するという意味もあるのだろうが、今回のようにジュリーが必要以上に前に出てくると、また面倒なことになってくる。審判のレベルが低いのは相変わらずではあるけれど、それでも以前に比べれば、ルール面でだいぶマシになってきているとは思う。

ソウルやバルセロナの頃は、それはひどかった。当時は、やたらと早く反則を取ったり、少し転んだだけでも「効果」のポイントが入ったりで、きれいな一本を取るという本来の柔道ではなく、いかに相手から反則を取るか、いかに細かいポイントを積み上げるかといったことばかりに重点が置かれた、柔道によく似たポイント合戦の競技だった。

それに比べれば、最近の柔道はだいぶ落ち着いて見られるようになってきた。少し動きが止まっただけで「指導」を取られることはなくなったし、技のポイントも「効果」が廃止されて「有効」からがポイントとして認められるようになった。アテネあたりからこうした方向になってきたと思うが、これはいい傾向だと思う。

あとは、審判のレベルさえ上がってくれればと思うのだが、これは難しいかもしれない。詳しいことはわからないのだが、彼らの中には柔道経験者でない人もいるのではないだろうか。なにしろ、柔道の素人としか思えないような判定をすることがたまにあるのだ。シドニーでの、あの篠原対ドイエの判定がその最たる例だ。

日本の場合、審判になるにはかなり厳しい規定があるから、判定には全幅の信頼がおけるのだが、国際審判の場合はそれほど厳しい規定はないのだろう。なにしろ、各国からまんべんなく審判を出す必要があるから、規定を厳しくしたらだれも審判なんてできなくなってしまう。本当はすべての試合を日本人の審判に裁いてほしいところだが、さすがにそれは無理か。

ということで、今回のグダグダぶりにはいろいろと考えるところがあったけれど、あの判定の直後に起きた大ブーイングには少なからず驚いた。自国の選手が出場しているならわかるが、アジア人同士の対戦でそれほど興味もないだろうと思ったらとんでもない。イギリスには意外に目の肥えた柔道ファンが多いらしい。いっそのこと、観客の拍手で判定を決めたらどうだろう。




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