12/06/10

オリンピックとともに辿る思い出(アトランタオリンピック編の続き)

それにしても、菊地直子の変わりっぷりには驚いた。17年前の手配写真の面影なんてどこにもない。一説によると、近所の人からの通報が逮捕のきっかけだったという話もあるが、本当だろうか。もし本当だとすれば、ものすごい観察力の持ち主だと思う。しかし、あの手配写真と現在の彼女を結び付けられる人が本当にいるんだろうか。

それ以上にすごいのが、高橋克也だ。17年前の手配写真はかなり濃い顔立ちで、それなりにイケメンだったのに、公開された写真はなんとものっぺりとしたさえない顔で、まったく人相が違っている。菊地直子の場合は、整形しているのかどうか専門家の間でも意見が分かれているようだが、高橋克也の場合はさすがに整形だろう。いくら過酷な環境であっても、これほど人相が変わるというのは考えにくい。

まあ、そのあたりはおいおい明らかになっていくだろうから、いまは成り行きを見守るしかない。そんなことはともかく、今回は前回の続きで、アトランタオリンピックの思い出についてつらつらと書いていこう。前回は、某都市銀行での最悪な開発環境について書いたが、今回もこの職場についてもう少しだけ書いておきたい。

開発環境が最悪なだけでなく、この職場はとにかく窮屈だった。銀行ということで、やたらと管理が厳しいのだ。たとえば、個人の机の引き出しは、退社時に必ず施錠をしなければならないという規則になっていた。「規則とかいっても、どうせ建前上だけの話だろうから、施錠しなくてもかまわないよね?」みたいな感じで、面倒がりの自分はいつも施錠せずに退社していた。

そんな感じで一週間くらい経った日のこと、出社するといきなり銀行の偉そうな人に呼び出されて、施錠していないことについて注意された。まさか抜き打ちでチェックするとは思っていなかった。引き出しの中に入れておいた社食のプリペイドカードを目の前に突き出されて、「こういうモノが入っているのに、なぜ施錠しないのか」と、銀行の偉そうな人に偉そうな感じで怒られた。

なんだか言われっぱなしでは気分が悪いので、「いや、たとえ盗まれたとしても、それは自分の責任ですから、別に社内で騒ぎ立てるつもりはないですよ」と言ったのだが、とにかくここは銀行なのだから、そうしたトラブルが発生するような原因を作ってはいけないと言われ、結局はその偉そうな人に頭を下げて謝った。まあ、これは規則を無視した自分が悪い。

そのほかにも、昼休みに外出してはいけないという規則があった。いや、正確には外出できないことはないのだが、外出するためには、管理職の人に外出願いを提出して許可をもらわなければいけないという規則になっていた。理由は忘れたが、とにかくそういうことになっていた。昼休みくらいは、息が詰まりそうな窮屈な雰囲気から解放されたいのに、それもままならない。

偉そうな人にいちいち外出願いを提出するのも癪なので、どうしても用事があるとき以外は、ずっと社内で過ごしていた。自分のほかにも、派遣できている男子が何人かいて、お昼はその人たちと社食で食べるのだが、これがまたものすごくつまらない男子ばかりでまったく話が合わず、本当は楽しいはずのランチタイムが苦痛でしかたなかった。

最悪な開発環境や窮屈な雰囲気について彼らに問いかけてみても、特に不満に思っているような様子もない。それどころか、けっこう楽でいいよね、みたいなことさえ言うのだ。まあ、たしかにどんなバカにでもできるような簡単な仕事だから、楽な仕事でそこそこ稼げればそれでいいや、と考える人にとっては、ある意味で理想的な職場なのかもしれない。

自分も、厳しい仕事で高い給与をもらうよりも、給与は安くてかまわないから楽な仕事をしたいと考える怠け者だ。しかし、何のスキル向上にもつながらない簡単な仕事を機械のように日々こなしていくだけの生活なんて、いくら向上心のない怠け者の自分であっても耐えられない。そんなこんなで、この職場は本当に苦痛だった。

そんな感じで苦痛と闘いながら毎日職場に通っている自分にとって、アトランタオリンピックは大きな楽しみだった。しかし残念なことに、その当時住んでいたアパートには衛星放送を受信できる環境がなかったから、地上波の放送だけを頼りに観戦するしかなかった。しかも、日本とアトランタとでは時差がかなりあるから、リアルタイムでの観戦は難しい。

いっそのこと、仮病を使って一週間くらい休みを取ろうかとも考えたが、派遣の身分で休むということは、その分だけ収入が減ることを意味するわけで、やっぱり仕事を休むわけにはいかない。開発環境がどんなに劣悪でも、職場の雰囲気がどんなに窮屈でも、一緒に働く同僚がどんなにつまらない人間ばかりであっても、自分の生活がかかっている以上、やっぱり仕事は休めない。

ということで、楽しみにしていた割には、アトランタオリンピックの印象は薄い。日本人選手の活躍がイマイチだったということもあるが、時差の関係でリアルタイムに観戦できなかったということが一番の理由だと思う。こういうスポーツイベントは、やっぱりリアルタイムで観戦しないと意味がない。

そんなアトランタオリンピックで一番印象に残っているのが、男子サッカーだ。いつものように、つまらないメンバーと一緒にあまり美味くもない社食の定食を食べていた。食堂のテレビ画面にも、いつものようにお昼のNHKニュースが映っていたのだが、いきなり日本がブラジルに勝ったというニュースが流れてきたのだ。

自分は当時からサッカーに興味はなかったから、ふーん、と思ったくらいだったが、周りのメンバーがいきなり、「おお、やったじゃん!」みたいな感じで盛り上がり始めたのだ。普段は、魚の死んだような目をしてつまらない話題をボソボソと話すだけだったから、突然いきいきと話し出した彼らを目の前にして、少なからず驚いた。

やる気のなさそうな連中だけど、実はそんなこともないのかもしれない、もしかしたら仲良くなれるかもしれないと、そのときに一瞬だけ思ったのだが、オリンピックが終わると、またいつものようにつまらない会話に戻ってしまった。契約期間の6か月をなんとか乗り切った自分は、契約期間の延長を打診する会社に丁重にお断りを入れて、この最悪の職場から無事に抜け出した。

ということで、アトランタオリンピックというと、今でもこの最悪な職場のことを思い出す。いろいろな職場を経験してきたが、自分には合わないという意味で、ここは本当に最悪の職場だった。自分は、銀行という金貸し商売も、銀行で働く銀行員も嫌いだが、その原因は少なからずこの職場にあるのかもしれないと、これを書いていて改めて気づいた。




今週の覚書一覧へ

TOP