12/05/13

オリンピックとともに辿る思い出 (バルセロナオリンピック編)

今場所は面白い展開になってきた。初日にいきなり横綱の白鵬が敗れるという波乱があり、大関陣もいつもの体たらくではあるけれど、稀勢の里と琴奨菊が頑張っていて、もしかしたらと期待させる展開になってきた。今場所の優勝ラインはおそらく12〜13勝あたりだろうから、自分が熱く応援しているキセノンこと稀勢の里にも優勝のチャンスは十分にある。

なんて期待をかけると、中日を過ぎたあたりからいきなり崩れだして、結局は10勝5敗あたりで終わってしまうのがいつものキセノンだったりするから困る。これまでに何度期待を裏切られたことか。もう期待なんてしないんだからね、と思いながらも、やっぱり期待してしまう。とにかく、これらからの大関同士の取り組みでどれだけ踏ん張れるかで初優勝も見えてくる。

さて、前回はバルセロナオリンピックの思い出について書こうと思っていたところで、謎のヘッドハンティングの話へと大きく逸れてしまったので、今回こそはバルセロナオリンピックの思い出について書いてみたい。このときは1992年で、自分は25歳になっていた。そうか、あれからもう20年も経つのか。

新卒で会社に入社してから4年が経ち、それなりに充実した毎日を送っていた。社会人と学生との一番の違いは、やっぱりその財力だろう。学生の頃は、時給600円とか700円のバイトで毎月カツカツの生活を送っていたのに、社会人になれば毎月きまった額の給料をもらえる。しかも、ボーナスなんてものまで出るから、学生時代とは比べ物にならないくらい生活が豊かになる。

当時の自分も、学生時代の貧乏暮しはどこへやら、モノには不自由しない生活を送れるようになった。それなりに給与が高くて福利厚生も手厚かったから、借り上げのアパートとかではなく、かなり大きな自社寮を新築して、そこに格安の家賃で住ませてもらっていた。いまの時代では考えられないくらいの待遇だ。

しかも、当時の昇給というのは、定期昇給のほかにベースアップもあったから、毎年面白いように給料が上がっていった。定期昇給さえあるかどうかという現在に比べれば、まさに夢のような時代だった。なにしろ、毎年どんどん上がっていく給与明細を見ながら、この調子なら20年後には油田のひとつでも買えんじゃね? と思ったくらいだ。実際には、思い切り薄給のサラリーマンになってしまったわけだけれど。

そんな感じだから、この頃の生活レベルは、学生時代とは比べ物にならないくらい豊かになっていた。学生のときに道端で拾った炊飯器(こんな感じ)はこのときには新しい炊飯器に替わっていたし、冷蔵庫だって寮の部屋に備え付けだったし、学生の頃は憧れだったエアコンだって完備されていた。中古だけど、クルマだって持っていたのだ。

しかし、テレビだけは、学生のときに買った貧乏くさい14インチのテレビのままだった。こういう家電というものは、決定的に壊れたりしない限り、なかなか買い替える気にならないものだ。この頃の自分も、新しいテレビが欲しいと思わないこともないけれど、まだ十分に働いてくれるからわざわざ新しいものを買う必要もないかという感じだった。

しかし、バルセロナオリンピックが間近に迫ってくると、やっぱり新しいテレビが欲しいという思いが強くなってきた。というのも、オリンピックを衛星放送で見たかったからだ。この何年か前に本格的な衛星放送が開始されていて、寮にも衛星放送用のアンテナがあったから、あとは新しいテレビさえあれば、衛星放送を受信できるわけだ。

オリンピック放送を見るならば、絶対にNHKだ。民放でもある程度放送はするけれど、やたらとCMが入るし、頭の悪そうなゲストを呼んだりするしで、できれば見たくない。しかし、NHKも地上波だけでは物足りない。放送予定を見ると、衛星放送が受信できれば、面白そうなマイナーな競技をたくさん見ることができそうだ。

よし、衛星放送を受信できる新しいテレビを買おうと思い立ち、愛車のフェスティバ(1.3リットルのツインカム仕様で、当時のフェスティバの中では最高スペックだったと思う)に乗って、近所のサトームセンかどこかにテレビを買いに行った。当時、ビデオは持っていなかったので、テレビとビデオが一体になった、21インチのモデルを買った。

早速部屋に戻って配線し、衛星放送を受信してみた。おお、ちゃんときれいに映るではないか。なんだか嬉しくなって、このままオリンピック期間中は休みを取って、部屋でずっとオリンピックを観戦したいと思ったくらいだ。なにしろ、バルセロナと日本ではかなりの時差があるから、リアルタイムで観戦するのはキツイ。

そうは言っても、朝から晩までテレビ観戦していた高校生の頃とはわけが違う。一応は社会人だから、平日はちゃんと仕事に行って、どうしてもリアルタイムで見たい種目については、頑張って早起きしたりしてテレビ観戦していた。自分が一番期待していたのが柔道の古賀稔彦だ。ソウルでの結果が散々だったから、余計に期待してしまう。

しかし、現地入りしてからの練習中に、いきなりヒザをケガしたというニュースが入ってきて驚いた。かなりの重傷で、練習すらできない状態だという。おいおい、いったいどうなるんだと心配していたら、結局は痛み止めを打って試合に出た。前日に後輩の吉田秀彦が見事な一本勝ちで金メダルを獲った試合はリアルタイムで観戦していたが、古賀の試合ももちろんリアルタイムで観戦した。

決勝では、古賀が終始押し気味に試合を進めた。ただ、決定的なポイントはなかったから、最後の旗判定ではドキドキしながら画面を見つめていた。結果は2対1と割れたが、なんとか古賀が勝って金メダルを獲得した。ロサンゼルスで山下が金メダルを獲得したときも感動したが、古賀の金メダルにも感動した。思わずテレビの前で立ち上がり、「おおー!」みたいな声を出したような気がする。

このほかにも、岩崎恭子の金メダル獲得などもあったが、やっぱり古賀の金メダルが一番印象に残っている。それと同時に、社会人ともなると、オリンピックを自由に見ることはできないんだなということも感じた。当たり前のことなんだけれど、オリンピック大好き人間の自分としては、少しばかり悲しく感じたことも事実だ。

ということで、今回はバルセロナオリンピックについて振り返ってみた。というか、今回は北京オリンピックまでチャッチャとやっつけてしまうつもりだったのに、またしてもダラダラと長くなってしまった。最近、どうも文章が無駄にダラダラと長くなっているような気がする。もう少し簡潔に書かなければと反省する今日この頃。




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