12/04/29

オリンピックとともに辿る思い出 (ソウルオリンピック編)

今年もきれいにツツジが咲いた。今年はいつもの年に比べて、ツツジの開花が若干遅いような気がするが、この花が咲くと、一年で一番素敵な季節が始まったという気がして、心が浮き立つ。桜が春の訪れを感じさせる花だとすれば、ツツジは、「天国に一番近い季節」の訪れを感じさせてくれる花だ。

さて、今回は前回からの続きということで、1988年のソウルオリンピックから振り返ってみたい。このとき、自分は21歳で、大学4年生だった。当時はバブル真っ盛りだったから、就職活動も楽勝で、自分のように仕事のできない人間でも、簡単に内定が取れた。当時は何も感じなかったが、いまの学生と比べると、なんとも恵まれていたと思う。

いまの学生は、大学3年のときから就職活動を始めるらしいが、当時は大学4年の四月から始めても十分に間に合った。リクルート社が発行している就職活動用の雑誌かなんかを買って、適当な企業が主催する説明会参加のハガキを送れば、それだけでよかった。あとは、何回か面接に呼ばれて適当な受け答えをするだけで、簡単に内定がもらえた。

自分は面倒なことが大嫌いなズボラな人間だから、2〜3社から内定をもらっただけで、すぐに活動をやめてしまった。そもそも、どうしてもここに就職したいと思えるような会社なんてなくて、有名な一流企業や大企業でバリバリ働こうなんてこれっぽっちも思っていなかったから、本当に適当な会社で手を打ったという感じだ。

だから、6月か7月くらいにはもう活動をやめて、のほほんと過ごしていたと思う。そんなお気楽な感じだったから、オリンピック期間中は一日中テレビにかじりついていたかというと、そんなこともない。というか、ソウルオリンピックについては、始まる前からあまり楽しみという感じではなかった。

1988年のオリンピックには、ソウルのほかに名古屋も開催地として名乗りをあげていて、投票前は名古屋が圧倒的に有利だと言われていた。しかし、蓋を開けてみれば、名古屋はソウルに大差で敗れてしまった。敗因としてはいろんなことがあるのだろうが、ソウルが強引な招致活動を展開したからだという話もあって、自分としてはソウルオリンピックにあまりいいイメージを持っていなかった。

実際に開幕してからも、韓国人の応援団による日本選手への露骨なブーイングだとか、自国の選手が負けた判定を不服に思った韓国人のコーチがレフリーに対して逆切れしたりとか、韓国人選手に対して妙に甘い判定が多かったりとかで、テレビで観戦していても、正直なところあまり楽しめなかった。もっと正直に言うと、嫌悪感さえ抱いた。

そんなこともあって、ソウルオリンピックについてはあまり印象に残っていないのだが、一番記憶に残っているのが、山中湖でソウルオリンピックの放送を見たことだ。なんのことかと言うと、内定をもらっていた企業から、事前研修という名目で山中湖に一泊させられ、そこで内定者同士でオリンピック放送を観戦したのだ。

いまはもうなくなっていると思うが、当時は就職協定というものが存在し、企業側がおおっぴらに採用活動を開始できるのが9月20日からだったのだ。もちろん、こんなものはただの名目で、本当に9月20日から採用活動を始める企業なんてなかったし、学生にしても、9月20日からのんびりと活動を始めるようなマヌケはいなかった。

それでも、企業側としては、せっかく内定を出した学生を他の企業に取られてしまっては困るから、適当な名目をつけて9月20日に学生を拘束して動けないようにしてしまうのが当時の慣習だった。そんな感じで、山中湖に拘束されたときに、オリンピック中継を見たというわけだ。いま調べてみると、ソウルオリンピックの開催日は9月17日になっているから、この記憶は間違っていない。

他の内定者とは、それまでにも何度か顔を合わせていたが、9月20日に集まるということは、自分の同期はこのメンバーで確定したということになるわけで、改めて一人ひとりの様子を観察したことを覚えている。同期は自分を含めて全部で20名で、男子が12名、女子が8名だったと思う。

事前研修という名目ではあるけれど、研修することなんて何もなくて、みんなでバーベキューかなんかを食べて適当に騒ぐだけだ。当然アルコールも入っているから、そのうちにすっかりゆるんだ雰囲気になり、マイクを握って歌い始めたり、いきなりその場を仕切りだすヤツもいたりして、入社前に各メンバーの大体のキャラクターが把握できて面白かった。

いまから思えば、この会社はいい会社だった。給料はそれなりに高いし、福利厚生は手厚いし、それでいて社内の雰囲気はヌルいし、仕事もそれほどキツくないしで、まさに理想的な会社だった。しかし、何を考えたのか、そんな素晴らしい会社を同期の中で一番早く辞めてしまったのは、何を隠そう自分だ。その選択を後悔してはいないけれど、若かったなあとは思う。

ということで、思いつくままに書いていたら、今回もまたまとまらなくなってしまった。しかも、今回はソウルオリンピックのことしか書けなかったし。残りは、バルセロナ、アトランタ、シドニー、アテネ、北京と続くので、もう少しだけお付き合いください。残りはそれほど書きたいこともないので、チャッチャとやっつけちゃいます。




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