12/02/12

モーパッサンの名作「脂肪の塊」の感想を語る

なんだか最近は古典を読むことが多くなってきた。特に意識して古典を読んでいるわけではないのだが、図書館のペーパーバックコーナーの前に立つと、知らないうちに古典を探している自分がいる。というか、置かれているのは圧倒的にミステリー作品が多いから、あまりミステリーが好きではない自分にとっては、古典くらいしか選択肢がないのだ。

モーパッサンの作品にもそんな感じで出会ったのだが、最初に読んだ「女の一生」が面白かったので、続けて何冊か読んでみようと思い、「女の一生」に並ぶ代表作とされる「脂肪の塊」を読んでみたところ、これもなかなか面白かった。やっぱり、名作とされる作品には面白いものが多い。まあ、中には「カラマーゾフの兄弟」みたいな激しくつまらないものもあるけれど。

簡単な感想はこちらに書いてあるのだが、きっとだれも読まないだろうから、ここで改めてこの作品について語ってみたい。まずは、あらすじを以下に紹介しておこう。(これ以降はネタバレが含まれているので、注意してください)

物語の舞台は、普仏戦争に敗れたフランス。プロシア軍による占領を嫌い、フランス軍が駐留する街まで行こうと、10人の男女が1台の馬車に乗り合わせる。ブルジョア、貴族、修道女のほかに、「脂肪の塊」とあだ名される売春婦を乗せた馬車は、旅の途中でプロシア軍に足止めを食らってしまう。足止めの理由がわからない一行は憤慨するが、プロシア軍の将校が売春婦を買おうとして断られたことがその理由だと知る。先を急ぐ一行は、この売春婦をなんとか説得しようとする。

冒頭の部分は少し退屈だけれど、馬車の中で腹を空かせた一行が、「脂肪の塊」であるところのふくよかな娼婦から豪華な食事をふるまわれるあたりから面白くなってくる。というか、それなりの長旅なのに、娼婦以外は誰一人としてまったく食事の用意をしていないところがダメすぎで笑える。せめてポテチか柿ピーくらいは用意しておけって。

それにしても、「脂肪の塊」という訳はもう少しなんとかならなかったのだろうか。たしかに、フランス語のタイトルをそのまま訳すと「脂肪の塊」という訳語になるらしいのだが、これではあまりにも直訳で、作品の内容や雰囲気が少しも伝わってこない。それに、いくらなんでも女子の名前が「脂肪の塊」ではあまりにも可哀そうだ。とりあえず、ここでは「ファットちゃん」と呼ぶことにする。

旅の途中で泊まった宿屋で、プロシア軍の将校が「きみはナイスなバディをしてるねえ。今晩どう?」みたいな感じでファットちゃんを誘うのだが(あくまでも想像です。実際にはこんなシーンは出てきません)、プロシア軍に対して憤りを抱くファットちゃんはこれをきっぱりと断る。その話を聞いた一行も、ファットちゃんに賛辞を送る。

しかし、それから理由もわからずに、一行は宿屋に足止めされたままになる。足止めの原因は、ファットちゃんが将校からの誘いを断ったからだということがわかると、なんとかしてファットちゃんを将校と寝させようと、みんなが懸命の説得を始める。もうこのあたりで、みんなが相当な自分勝手ぶりを発揮してくる。

最終的にはファットちゃんがみんなの説得に折れる形で将校と寝るわけだが、その後のみんなの対応がひどい。馬車の中では誰もファットちゃんに話しかけようとしないばかりか、急いで仕度をしたために食事の用意をしてこなかったファットちゃんに対して、だれも食事を分けてやろうとしないのだ。初日の馬車の中では、みんながファットちゃんから食事を分けてもらったというのに。

そんな中で、ファットちゃんは怒りと悲しみにふるえながら涙を流すというシーンで物語は終わる。どうだろう、ずいぶんひどい話ではないか。自分は、この作品を読み終わったときには、怒りのあまり心拍数がかなり上がった。寝る前にベッドの中で読んでいたのだが、それからしばらく寝付けなかったくらいだ。

しかし、よく考えてみると、ファットちゃんを説得した彼らの気持ちや理屈も理解できる。そもそも娼婦なんだから、客を選ぶのはおかしいし、たった一回寝るだけで他の大勢の人たちが助かるんだから、それくらいしてもいいじゃないかというのは、理屈としてそれほど理不尽なものではない。もし自分がその場にいたら、きっと彼らの意見に同調していただろう。

そして、自分がファットちゃんの立場だったら相当にキツイだろうなということも感じた。自分だけの問題ならいいが、自分のせいで9人もの人たちが足を止められていると考えると、相当なプレッシャーだろう。プレッシャーに極端に弱い自分は、すぐにみんなに説得されて、泣きながらプロシア軍の将校に抱かれにいくだろう。

たとえが適当ではないかもしれないが、狭い車道でロードバイクに乗っていて、自分の後ろに車がずらっと並んでいるときなど、かなりのプレッシャーを感じる。車体の大きなトラックが自分の背後にピッタリとついていて追い越しのタイミングを計っているのに、対向車線の流れが止まらないため、追い越せないようなときだ。

こんなときは、自分のせいでドライバーのみなさんに迷惑をかけて申し訳ないという気持ちになる。待避所があればすぐにでも止まるつもりなのに、こんなときに限ってなかったりする。せめて少しでもスピードを上げようと必死にペダルを踏むのだが、いくらロードバイクといってもせいぜい40キロくらいしか出ない。後ろでイライラしているドライバーのことを考えると、相当なプレッシャーを感じる。

なんだか話がそれたが、とかく人間は自分勝手な生き物だということだ。この短い小説には、そうした人間の汚い部分が見事に描かれている。なにしろ、ブルジョアや貴族といった人たちだけでなく、修道女という聖職者でさえ醜い部分を見せるのだから、どうにも救われない。また、自分にもそうした醜い部分がたくさんあることに気づかされるのも辛い。

爽快な読後感など望むべくもないけれど、絶対に何かが心の中に残る作品です。ネタバレしちゃったけれど、興味があったらぜひ読んでみてください。




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