12/01/15

脱走と逃亡

今年も、いつものように近所の神社に初詣に行っておみくじを引いたのだが、いつものように中吉だった。初詣で大吉を引いたのはいつだったか思い出せないくらいに、大吉とは縁遠くなってしまった。おみくじで大吉を引いたからって、別にいいことがあるわけでもないが、年の初めくらいは気分よくいきたいではないか。

初詣の楽しみはおみくじのほかにもあって、境内に吊るされている絵馬を見るのが楽しい。絵馬に書かれているのは、「宝くじで三億円当たりますように」だの、「○○大学に受かりますように」だの、自分勝手なお願いばかりだ。なかには子供の字で、「あたまがよくなりますように」と書かれた絵馬もあって、どれだけ頭の悪い子なんだろうと、少しばかり笑ってしまった。

こういう絵馬を見ると、「〜になりますように」という他力本願な書き方ではなく、「〜します」という書き方にすればいいのにと、いつも思ってしまう。お賽銭をあげてお祈りするときにも、「志望校に合格しますように」ではなく、「絶対に志望校に合格します」という決意表明にすればいいと思う。ほんの少しだけれども、気持ちの持ち方が違ってくる。

さて、そんな前フリとは一切関係なく、今回は広島の刑務所で発生した脱走事件について書いてみたい。この受刑者は、屋外にいたときに刑務所から脱出したので、正確には「脱獄」ではなく「脱走」ということになる。最初にこのニュースを聞いたときには、不謹慎ながら、「すごいヤツがいるなあ」と少しばかり感心した。

実は、自分は脱獄関係の記録が大好物で、「脱獄王」と呼ばれた白鳥由栄のノンフィクションはもちろん読んでいるし、クリント・イーストウッド主演の「アルカトラズからの脱出」という映画も、テレビで放送されるたびに飽きることなく見ている。どうやら自分は、綿密な計画と、それを実行に移す大胆な行動力を持つ人間に強く惹かれてしまう性格らしい。

そんな感じだから、今回のニュースを最初に聞いたときに、「すごいヤツだ」と思ってしまったというわけだ。しかし実際には、刑務所の塀の近くに組まれていた足場を利用しただけのことで、自分が憧れる本格的な脱獄ではなかったと知って、これまた不謹慎ながら、少しばかりガカーリした。

結局は脱走から3日後に逮捕されたわけだが、脱走した後にどうやってしのいでいくかが、脱走そのものよりも難しいということだろう。服装や体格の特徴とともに顔写真がニュースで公開されてしまえば、いかに屈強な逃走犯といえども、逃げ切るのは難しい。それに、無一文でどうやってメシを食うかという切実な問題もある。

この脱走犯は、何件かの空き巣を繰り返しながら逃走していたらしいが、これもなかなか大変だ。ある程度まとまった現金に出会えればいいが、出会えなければずっと空き巣を繰り返さなければならない。また、冬はどこで寝るかという問題もある。着の身着のままで野宿でもしようものなら、凍死しかねない。

このあたりも、脱獄王の白鳥由栄はすごくて、脱獄後は山に入って自活していたらしい。もうこの人はすごすきて、自分の中では犯罪者というよりも、スーパーマンという存在に近い。興味があれば、ぜひ白鳥由栄のノンフィクションを読んでみてください。あまりのすごさに、きっと驚くと思います。

それはともかく、刑務所から脱走するのであれば、絶対に外部の協力者が必要になる。刑務所からの脱走ではないが、あの平田信にしたって、同じ教団の協力者がいたからこそ、ここまで長く逃走を続けることができたわけだ。それにしても、こんなに長く逃げ続けるというのは、いったいどんな心境なのだろう。

ここだけの話だが、ときどき見る夢があって、その中で自分は何年か前に殺人事件を犯している犯罪者なのだ。それで、いつ逮捕されるかヒヤヒヤしながら生活するという夢なのだが、夢の中であっても、なんともいえない嫌な気分になる。きっと、平田信も苦しかったのだと思う。犯罪者に同情してはいけないのかもしれないが、根は真面目な人間だろうから、やっぱり同情してしまう。

同情はするけれど、女子に二人分のホカ弁を買わせていたことについては同情できない。自分は働かず、女子に働かせて食わせてもらっていたわけだから、せめて自炊くらいしたらどうかと思う。聞くところによると、逃亡中はずっと部屋の中にこもっていたらしいから、料理をする時間は十分にあったと思うのだが。

結局、脱走するにしろ逃走するにしろ、なかなか大変だということだ。なにしろ、殺人事件に関しては時効がなくなったから、逃走のゴールは自分の死しかない。死ぬまで気が安らぐことはないのだ。だったら、逃げずに罪を償ったほうがまだしもと思う。などと、嫌なことから逃げまくっている情けない自分が、もっともらしいことを言ってみるテスト。



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