11/11/20

画期的なネタ枯れ対策を考案した件について

前回の覚書で「ネタ枯れに悩んでいる」という前フリを書いたばかりだが、やっぱり今回もネタ枯れだったりする。なんだかんだでもう11年も続けているから、書きたいネタはもう書き尽くしてしまった感じだ。どんなに才能のある人でも、創作活動を続けていけばいつかはその才能が枯渇してしまうように、自分の才能も枯渇してしまったのかもしれない。

いや、元からそんなに大層な才能があるわけではないが、ネタが枯渇してしまったということだけは間違いない。ネタ枯れ対策としては、適当なニュースを取り上げて適当なことを書いておけば、とりあえずネタ枯れになることはないような気がするが、そもそも時事問題についてあれこれ語れるほどの知識や教養などない。

ということで、ネタ枯れの特効薬は何かないものかと考えてみたところ、いつも使っている単語カードで何かできないだろうかと考え付いた。たとえば、無作為に単語カードをめくって、その単語をお題にして覚書を一本書くというシステムならどうだろう。その単語について思い浮かぶことをつらつらと書いていくだけだ。

これならば、これまでに作った何千枚というカードがあるから、ネタ枯れに悩むことは一生なくなる。おお、なんという画期的なシステムだろうか。早速、手元の単語カードを適当にめくってみると、「continence」という単語に当たった。ということで、今回はこの単語について思い浮かぶことを適当にダラダラと書いてみたい。

この単語は「自制」とか「禁欲」などの意味だ。ちなみにゴロは、「依存症は完治年数かかるので、自制が必要」みたいな感じだ。このゴロは、自分の中では上出来な部類なので、よかったら使ってください。

さて、自制というお題で何か書かなければいけないわけだが、なんだかいきなり難しいお題に当たってしまったような気がする。そもそも、自分は適当な人間で、寝たいときに寝たいだけ寝て、食べたいときに食べたいだけ食べて、飲みたいときに飲みたいだけ飲むというのがモットーだから、自制とはかなり遠いところにいる。

それでも、遠い記憶をさかのぼってみると、自制っぽい思い出がないこともない。あれは小学2〜3年の頃だったと思うが、父親がどこかに出かけたお土産で、チョコレートを買ってきてくれたことがあった。いまでこそ甘いものは苦手だが、子供の頃は甘いものが大好きだった。あまり裕福な家庭ではなかったから、チョコレートは貴重品だった。

しかし、そのときは、「チョコレートは食べない」といって我慢したのだ。なぜかというと、その前日に学校で歯科検診があって、虫歯が多いといわれてしまったからだ。母親から、甘いものばかり食べているからだ、みたいなことをいわれたのだと思う。それで意地になって、大好物のチョコレートを拒否したのだ。

しかし、自分の中では、「せっかくのチョコなんだから食べなさい」と母親が言ってくれるだろうという計算があった。そうなれば、「そこまで言うのであれば、食べてやらんこともないがね」みたいな感じでありがたくいただこうと思っていた。少なくとも、「大好きなチョコを我慢するなんてえらいね」くらいは言ってくれるだろうと期待していた。

しかし、母親はあっさりと「じゃあ、お兄ちゃんが食べなさい」なんて言うではないか。いやいや、いたいけな男子が意地を張って大好物のチョコを我慢しているのに、なぜその気持ちがわからないのかね、その言葉の裏をもっと知ろうという気持ちはないのかね、などと心の中で激しく突っ込みを入れたのだが、結局は兄貴の胃袋にそのチョコは収まってしまった。

考えてみると、これが自分にとっての最初の「自制」だったような気がする。しかし、頭の中であれこれと計算しているというのが、我ながらどうにもいやらしい。結局、やせ我慢しても何の得にもならないということを知り、それからは変な意地を張るのはやめた。チョコレートの食べ過ぎで歯が全部溶けてなくなったとしても、オレは食べたいものを食べるぜ、と心に誓ったのだ。

幸いにも、大人になってからは甘いものが苦手になったため、チョコレートの食べ過ぎで歯が溶けるという心配はなくなったが、自制心もそれと一緒に溶けてなくなってしまった。自分はそれほど食べ物にこだわりのある人間ではないけれど、やっぱり食べたいものは好きなだけ食べるのが精神衛生上もよろしいのではないかと思っている。

ということで、なんとか一本書くことができた。面白いかどうかは別にして、この方法で意外といけそうな気がする。これでネタ枯れの恐怖からは解放されたということだろうか。なんだか釈然としない部分もあるが、とりあえずそういうことにしておこう。ということで、ネタ枯れのときはまたこの方法で乗り切るつもりなので、よろしくお願いします。



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