11/10/09

サイモン・シンの科学ノンフィクション「ビッグバン宇宙論」の感想を語る

ついこの前まであんなに暑かったのに、いつの間にかすっかり秋になってしまった。最近は地球温暖化のせいなのか、気候が極端に変化するから、春や秋という気持ちのいい季節がどんどん短くなっているような気がする。それでも、秋は秋だから、やっぱり気持ちがいいことには変わりない。秋と言えばやっぱり読書の秋だ。

などという強引な前フリをしたのは、サイモン・シンの「ビッグバン宇宙論」という科学ノンフィクションを紹介したいからだ。サイモン・シンというのはイギリスのジャーナリストで、これまでにも「フェルマーの最終定理」や「暗号解読」というノンフィクションを発表していて、いずれもベストセラーになっている。

これらの作品はすべて翻訳されていて、自分も上記の2冊はすでに去年読んだ。いずれも理数系のノンフィクションなので、絶望的なまでに数学オンチの自分にとってはよく理解できない部分も当然ながらあるのだが、それ以上に興味深い内容で、ページをめくる手が止まらなくなるほど面白かった。さすがはサイモン・シン、くだらない恋愛マンガばかり描いている柴門ふみとは違うぜ。

そんな感じで、今回の「ビッグバン宇宙論」も期待しながら読んだのだが、期待にたがわずやっぱり面白かった。サイモン・シンのノンフィクションは、純粋な理論だけでなく、登場人物の背景も詳細に描かれているのが大きな特徴だ。思い切り人間臭く描かれる登場人物たちに感情移入しながら読めるところがいい。

この「ビッグバン宇宙論」では、天動説と地動説の対立から始まり、宇宙の広さ(地球が属する銀河が宇宙のすべてなのか、あるいは宇宙には銀河が無数に存在するのか)についての論争を経て、ビッグバン宇宙論対定常宇宙論までを描いている。こうしてみると、天文学は常に対立する2つの理論を基にして発展してきたことがわかる。

いまとなっては滑稽に思える天動説にしても、コペルニクスやガリレオが登場する16世紀まで、頑なに信奉され続けてきたわけだ。紀元前3世紀には、すでに地動説を唱える学者がいたにも関わらず、実に2000年近くの歳月を経てようやく真理に達したという事実に驚く。これは、聖書を頑なに信じ続けるキリスト教会が大きく関係しているわけだが、それにしても、と感じる。

地動説の正しさが証明されると、次に問題となったのが、宇宙の広さだ。つまり、地球が属する銀河が宇宙のすべてなのか、あるいは宇宙には銀河が無数に存在するのかという問題だ。これも、最初は前者の説を支持する科学者が多かったのだが、望遠鏡の精度とともに観測技術が上がったことにより、後者の説の正しさが証明されることになる。

ここで驚くのは、天文学者たちはただ望遠鏡で星を観察するだけで、こうした説を考え出して実際に裏付けとなるデータを取っていったということだ。遠く離れた星の明るさや、明るさが変化する周期などを根気よく観察し続けた結果、こうした途方もない宇宙の仕組みを発見したのだからすごい。

その研究対象が実際に手元にないというのは、研究者にとっては相当なフラストレーションだと思うが、わずかな手がかりを頼りにして広大な宇宙の仕組みを解き明かしていく過程は、すごいとしか言いようがない。ものすごく頭の悪い感想だが、世の中には頭のいい人がいるものだと、本当に心の底から思う。

そうした経緯を経て、物語はビッグバン宇宙論と定常宇宙論との対立へと進展していく。前者はご存じのとおり、非常に高温かつ高密度の物質が大爆発を起こして宇宙が始まり、現在も宇宙は膨張を続けているという説だ。対する後者は、たしかに宇宙は膨張しているが、空間には絶えず新しい星が生成されるため、宇宙は全体として安定した状態にあるという説だ。

これまでの研究対象は宇宙の仕組みについてが主だったが、宇宙の仕組みがあらかた解明されると、今度は宇宙の起源にまで研究対象が広がったということだ。こうなってくると、それまでのように営々と天体を観察するだけでは足りず、原子レベルにまで踏み込んだミクロの分野に研究対象が広がっていく。

無限に広がる天体の観察から、今度はいきなりミクロの世界に研究対象が移ったわけだ。はるか百何十億年も昔のことを、原子レベルから解き明かそうとするわけだから、このダイナミックさは表現のしようがないくらいにすごい。もうこのレベルになると、頭の悪い自分にはさっぱり理解できないのだが、そのダイナミックさだけは十分に伝わってくる。

そんなこんなで、現在ではほとんどの科学者がビッグバン宇宙論を支持しているわけだが、この先の宇宙はどうなっていくのかについては、まだ統一した見解は示されていない。膨張の速度がゆるやかになって最終的に宇宙は安定するという説と、このまま膨張を続けるという説と、膨張し切った後には収縮が始まり、またビッグバンを繰り返すという説があるようだ。

しかし、最近のノーベル賞でもニュースになっていたが、どうやら宇宙の膨張はさらにその速度を増しているらしい。ということは、最終的に宇宙はどうなってしまうのだろうか。加速度的な膨張の果てにあるものは、宇宙の物体すべてが素粒子レベルにまで分解された状態なのだろうか。

また、ビッグバン以前の宇宙はどうなっていたのだろうという疑問も湧いてくる。宇宙の起源とされる超高温・高密度の物質は、いったいどうやって形成されたのだろう。絶対になんらかの現象によってその物質が形成されたはずだ。しかし、こうやって考えていくと、「じゃあ、それ以前の状態は?」という疑問に突き当たってしまい、際限がない。

こうしたことも、これからの研究でいずれ解明されていくのだろう。なにしろ、人類はわずか数千年で、百何十億年にもおよぶ宇宙の歴史をあらかた解明してしまったのだ。これからも営々と研究を続けていく限り、宇宙の謎は着実に解明されていくだろう。しかし、どれだけ宇宙の謎を解明したところで、あと何十億年後かに地球が消滅してしまうという事態だけは避けられない。

ということで、宇宙の広大なスケールと、その広大さに挑み続けた科学者たちの物語を読んで、いろんなことを考えた。宇宙の仕組みを解明するということは、すなわち人類のちっぽけさを確認するという行為でもあり、ある種のむなしさが伴うと思う。それでも、宇宙の謎を解明せずにはいられない人間というのは、愛すべき存在なのだろう。

なんだかとりとめもなく書いてしまったが、とにかく面白い作品なので、機会があればぜひ読んでみてください。宇宙の広大さに比べれば、我々人間はなんとちっぽけな存在なのか、そのちっぽけな人間が抱える悩み事も、なんとくだらないことであるかが理解できます。まあ、理解できたところで、そのくだらないことにやっぱり頭を悩ませながら日々生きていくわけだけれど。



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