11/08/28

陸上競技の記録の限界はどこにあるのか

2年に1度開催される世界陸上が今年も始まったらしい。今回も、メインキャスターは織田裕二と中井美穂の二人が務めている。このコンビは、今回で8大会連続のメインキャスターということになるらしい。最初の頃は、織田裕二のハイテンションぶりがうざくてしかたなかったが、ここまで長く続けられると、さすがに慣れてきた。

自分は陸上競技が好きで、テレビ中継があると必ず観戦するのだが、陸上競技に限らず、スポーツ中継は絶対にNHKに限ると思っている。民放は、露骨な視聴率稼ぎでわけのわかならいアイドルなんかを出してくるから、それだけも見る気が失せるのに、「ハードルなぎ倒し男」とか「侍ハードラー」みたいな妙なニックネームを付けるから、さらに脱力する。

しかし、このニックネームはどうやら陸連からお叱りを受けたらしく、今回の大会では妙なニックネームによる脱力感だけは避けられそうだ。頭の悪いタレントを呼んだり、選手をバカにしたようなニックネームを考えるヒマがあったら、もう少しまともな中継になるようにしてほしい。別に難しいことではなく、普通におとなしく中継してくれればいいだけのことだ。

陸上競技は、あの単純さがいい。球技にはいろんな複雑なルールがあって、観戦するにはそうした複雑なルールを最初にある程度学習しておく必要があるが、陸上競技の場合は単純だ。より速く走り、より遠く、より高く跳び、より遠くに投げた人が勝つというそれだけのルールだから、だれが見てもすぐにわかる。

そうした単純な競技だからこそ、陸上競技の記録はどこまで伸びるのだろうかと考えることがたまにある。陸上競技の記録の進歩は、そのまま人類の進歩に結びついていると考えても無理はないと思う。人類の進歩というと大げさだというのであれば、人類の身体的能力の進歩に直結していると言い換えてもいい。

つい30年くらい前までは、100メートルで10秒を切れば大騒ぎだったのに、いまでは10秒を切るランナーなんて、それこそゴロゴロいる。なにしろ、あのボルトは9秒58で走るのだからすごい。このままのペースで記録が伸び続けたら、50世紀くらいには100メートルで5秒を切るくらいでないと、オリンピックでは優勝できなくなっているかもしれない。

なんて、そんなことあるはずがない。どこかに必ず限界点があるはずだ。100メートルの場合、それが9秒なのか8秒5なのかはわからないが、いずれにしても、人類が100メートル走で5秒を切ることはこの先絶対にない。いや、もしかして、このまま人間の体格が大きくなり続けて身長5メートルくらいになれば、そんな可能性もあるかもしれない。

それはともかく、100メートルに関してはそろそろ人類の限界に近づいているような気がする。だいたい、ボルトの9秒58という記録がすごすぎるのだ。100メートルの記録なんて、何年かに1度の割合で百分の1秒単位で短縮していくくらいでちょうどいいのに、一気に十分の1秒単位で更新してしまったものだから、この先、世界新記録更新を見届ける楽しみがなくなってしまった。

ちょっとググってみたところ、100メートルの限界は9秒48だとする研究結果があるらしい。ということは、記録の伸びしろは、あとたったのコンマ1秒しかないということだ。こうなったら、ボルトには責任をとってもらって、いけるところまで一気に記録を伸ばしてもらいたい。彼なら、9秒48くらいはいけるんじゃないだろうか。

競泳も、陸上競技と同じく、より速く泳いだ人が勝つという単純な競技だが、こちらは陸上競技とは違って、まだまだ記録の限界は見えていない感じだ。大きな大会のたびに、世界新記録が必ずいくつかは出る。要するに、競泳はまだまだ進歩の余地のある競技だということだろう。水着の進歩も、大きな要素だと思う。

しかし、陸上競技の場合は、ウェアやスパイクに頼る部分は大きくない。結局は、自分の肉体が持つ能力だけが頼りだ。となれば、この先は飛躍的な記録の伸びは期待できないだろう。というか、すでに記録が頭打ちの時代に入っているような気がする。女子棒高跳びあたりはまだ歴史も浅いから伸びしろはあるだろうが、それ以外の競技はすでに限界点に近いと思う。

ということは、あと何十年かすれば記録の更新は完全にストップして、観衆の興味はだれが勝つかという勝負の内容だけに注がれることになる。記録に挑まない陸上競技なんて、なんだかつまらないような気がする。いまは記録更新の期待が持てるだけ、幸せなのかもしれない。その幸せを感じながら、世界陸上を観戦しようと思う。



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