11/08/21

栗林中将のノンフィクション「散るぞ悲しき」の感想を語る

先週は覚書の更新を休んでしまい、ごめんなさい。なんだかものすごく忙しくて、更新の時間が取れませんでした。1時間もあれば覚書の1本くらいは書けるし、実際にそれくらいの時間的な余裕はあったのだけれど、忙しさに追われて精神的な余裕がなくなってしまい、つい更新をサボってしまいました。みんなも、そんなことってよくあるよね?

いきなり言い訳から入ってしまったが、実は今週もあまり余裕がなかったりする。なので、今回は最近読んで面白かった本を紹介して、適当に流しておこうと思う。その本というのは、梯久美子氏の「散るぞ悲しき」というノンフィクションだ。図書館で面白そうな本を物色していたときに、何気なくこの本を手にした。

どうやら、栗林中将についてのノンフィクションらしい。「そういえば、以前に掲示板で、栗林中将の本が面白いらしいというHassanさんの書き込みがあったなあ」と思い出した。というか、忘れていたわけではなくて、機会があれば読もうと思っていたのだが、ほかにも読みたい本があって、ついつい後回しになっていたのだ。みんなも、そんなことってよくあるよね?

図書館で借りて早速読んでみたところ、激しく面白かった。戦争関係のノンフィクションというと、複雑な時代背景とか、戦争に突入するまでの難解な経緯とか、どこがどうなっているのかよくわからない軍隊の組織とか、そうした諸々の面倒くさい情報がオマケでついてくるような気がするが、この本に関してはそうした小難しさは一切ない。本当に、一気に読める。

そもそも栗林中将って何者なの? という人も多いだろうから、簡単に説明してみたい。とは言っても、たった一冊の本を読んだだけのニワカだから、間違いもあると思う。そのあたりはご容赦ください。

思い切り簡単に説明すると、栗林中将という人は、敗戦濃厚になった終戦間近に、日本最後の砦となった硫黄島に派遣され、2万人の兵士を統率して米軍と徹底的に抗戦した名将だ。この人のすごいところは、いわゆる「キャリア組」のエリート軍人でありながら、戦場の第一線に自ら立って戦いを指揮したという点だ。

陸軍中将という立場であれば、わざわざ戦争の現場に赴かずとも、安全な場所で戦略の立案に専念することもできただろう。おそらく、エリート将校のほとんどが、そうした安全な道を選んだはずだ。しかし、栗林中将は戦場の第一線に立つことを選んだ。しかも、誰もが負けるとわかっている硫黄島での戦いに向かったのだ。

大本営は、すでに硫黄島の防御は半分あきらめているから、陣営の構築に必要な資材もほとんど島に届かない。資材どころか、食料や水さえも絶望的なまでに不足している。そんな状況でも、栗林中将は可能な限り現実的な作戦を立案していく。負けるとわかっている戦いでも、最大限の戦果を挙げるために採用した作戦は、徹底した「ゲリラ戦」だった。

それまでの島嶼における日本軍の戦いは、「水際作戦」が主だった。要は、島に上陸してくる敵軍を、沿岸部で待ち受けて一気に攻撃するという方法だ。この作戦は開戦当初こそそれなりの効果があったが、制空権を失った終戦間近となっては、その効果はすでになかった。そこで栗林中将が採用したのが、地下に陣地を築いて敵軍を急襲するという作戦だった。

栗林中将が硫黄島に着任してからわずか半年あまりで掘削した地下道は総延長18キロにもわたり、地下壕の数は数百とも数千とも言われている。水も食料も圧倒的に不足している状態でこれだけの要塞を築いたというのは、驚き以外の何物でもない。硫黄島は火山島だから、地下で作業すれば地熱がものすごいだろう。実際に、作業中は足袋が熱で溶けることもよくあったらしい。

こうした過酷な状況で栗林中将が兵士たちに厳命したことは、「絶対に楽に死んではいけない、命の最後の一滴まで使い尽くせ」ということだった。

栗林は、いわゆる「バンザイアタック」を厳しく禁止した。「バンザイアタック」とは、もう勝ち目がないと悟った兵士が、最後に華々しく散るため、敵軍に捨て身で攻撃を仕掛ける行為だ。「天皇陛下万歳!」と叫びながら攻撃することから、この名前が付いたらしい。しかし、栗林はこの行為を厳しく禁止した。栗林にとって、まったく意味のない行為だからだ。

しかし、だからと言って、栗林が冷血な指揮官だったということではない。それとはまったく逆に、栗林は部下のことを思いやる優しい上官だった。戦場では、自ら徒歩で各陣地を視察し、誰彼の隔てなく兵士には声をかけた。水不足に対しては、水分の摂取量の制限を兵士たちだけではなく、自らにも厳しく課した。

こうした優しさは、栗林が家族に宛てた手紙からも窺い知ることができる。陸軍中将という要職にありながら、家族に宛てた手紙には、こまごまとした内容が多い。台所の隙間風を気にして、「あの隙間風を修理できなかったことが心残りです」という内容の手紙を、妻に送っていたりする。

2万人の兵士を抱え、いまにも米軍が上陸してくるかもしれない状況で、出征前に自分が修理できなかった台所の隙間風を心配するところが、栗林のすごいところなんだろうと思う。こういう筆まめで細かいところは、坂本竜馬によく似ていると思った。

坂本竜馬も、薩長同盟や大政奉還などの国事に奔走しながら、こまごまとした手紙を故郷の家族に宛てて送っている。こういう手紙を傍から読むと、いまはそんな呑気なことを言っている場合じゃないだろうと思ってしまうが、本人にしてみれば、まったく違和感もなく、国事と家事とが自分の中で両立しているのだろう。

とりあえず、この本を読んで、戦争のことについてもっと知る必要があると感じた。自分の祖父は戦争に出征した経験があるけれど、祖父の口から戦争の話を聞いたことは一度もなかったし、両親からも戦争に関する話はほとんど聞いたことがなかったから、自分にとっての戦争は、はっきり言って他人事だった。

もちろん、その感覚はいまでも変わっていないのだけれど、せめて戦争のくわしい経緯やその背景については知っておく必要がありそうだと、この本を読んで感じたわけだ。月並みな感想だけれど、こうして過酷な状況の中で命を落とした大勢の人たちがいたからこそ、いまの日本があるわけだから、せめて正しい知識くらいは身に付けておかないと、なんだか申し訳ない気がする。



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