11/07/24

節電の夏

地震の直後は大規模な計画停電があったりして、いったい今年の夏はどうなってしまうのかと心配していたが、どうやら計画停電なんてことにはならずに済みそうだ。35℃を超える猛暑日でも、最大消費電力が供給量の90%を超えることはほとんどない。きっと、大企業をはじめとして各家庭でも節電に励んでいる効果が出ているのだろう。

ということで、なんだか安心して普通に電気を使わせてもらっているのだが、それでも毎月の検針票を確認すると、去年の同じ月よりは電気の使用量が少なくなっているから、やっぱりそれなりに節電を意識しているのだと思う。エアコンの設定温度を1℃上げたり、必要のない照明はこまめに消したりと、微々たるものではあるが、少しは効果があるようだ。

家庭の中で一番電力消費量が多いのがエアコンらしいので、エアコンを止めてしまうのが一番節電効果があるということになる。しかし、この灼熱地獄の首都圏でエアコンなしで過ごすというのは拷問に近い。風がよく通る一戸建てならまだしも、マンション住まいの身としてはどうしてもエアコンに頼ってしまう。

しかしよく考えてみれば、以前はエアコンなんて使わなくても普通に暮らしていた。というか、エアコン自体がなかった。実家がある佐渡も、当然ながら夏は暑いが、夜になるとけっこう涼しくなる。特に、実家の横には川が流れているから、川から吹いてくる夜風はひんやりとして気持ちがよかった。

真夏の昼間はやっぱり暑いけれど、家中の窓を開け放って風を通すと、かなり涼しく感じる。少なくとも、暑くて我慢できないということはない。実際に、大学入学のために上京するまで、実家でのエアコンなしの生活に特に不満を感じたことはなかった。夏の冷房器具は扇風機と団扇というのが当たり前だと思っていた。

しかし、高校の3年間は実家を離れて下宿生活を送っていたのだが、さすがにこのときは暑かった覚えがある。その下宿というのは四畳半の部屋で、入り口は鍵がかかるドアが付いていた。要は、普通のアパートの部屋と同じような感じだ。こういう部屋だと、気軽に窓とドアを開け放すわけにはいかない。

もちろん窓は開け放すのだけれど、涼しい風なんて少しも入ってこなくて、その代わりに蚊だけは容赦なくブンブンと入ってきて、夏の夜は地獄だった。とりあえず机に向かって勉強するのだが、暑さで汗がダラダラと流れるし、耳元では蚊がブンブンと鳴くしで、いま思い出しても、あんな環境でよく勉強できたものだと思う。

その後、大学受験のために初めて東京に行くことになるわけだが、最初に感じたのが、「東京って、なんて暖かいんだろう」ということだった。このときは2月の半ばくらいだったから、一年で一番寒い時季だが、そんなときでも佐渡とは比べ物にならないくらいの暖かさに驚いた。このときの記憶は、いまでも鮮明に残っている。

ただ、冬が暖かいということは夏もそれなりに暑いということになるわけで、初めて過ごす東京の夏は過酷だった。この覚書でも何度か書いていると思うが、当時はとにかく金がなくて、エアコンはおろか扇風機さえも買えなかった。さらには、カーテンすら買えなかった。

強い西日を遮るカーテンのない部屋の中は、夏の午後になるとまさに灼熱地獄だった。なにしろ、パック入りの牛乳をうっかり飲み残して窓際に放置しようものなら、次の日には立派なヨーグルトができているくらいだ。カーテンすら買えなかったわけだから、冷蔵庫なんて高級品は当然持っていない。

大学時代には2回引越しを経験しているが、エアコン付きの部屋には住めなかった。裕福な友人のアパートに遊びに行ったときなどにエアコンの快適さは知っていたから、自分もいつかはエアコン付きの部屋に住みたいと願っていたが、結局、大学時代はエアコンのお世話になることはなかった。

念願のエアコン付きの部屋に初めて住んだのは、新卒で入社した会社の寮だった。会社の寮といっても、民間のアパートを借り上げて社員に提供するという形で、自分が入居したのは葛西にある新築のアパートだった。当時はバブル全盛期で、会社も景気がよかったから、こうした福利厚生もかなり手厚かった。本当にいい時代だったと思う。

その部屋はフローリング敷きのおしゃれな造りで、エアコンも完備されていた。暑さとやぶ蚊に悩まされた下宿生活のときから憧れ続けていたエアコン付きの部屋に、ようやく住むことができるようになったわけだ。このときは素直に嬉しかったし、なんだか自分が偉くなったような気もした。

憧れのエアコン生活はやっぱり快適だった。どんなに暑くても寒くても、エアコンのスイッチを入れるだけですぐに快適な室温になるわけだから、なんて便利なんだろうと思った。いくら貧乏だったからとはいえ、これまでダラダラと汗を流して我慢していたことがバカバカしくさえ思えてくる。

このときに悟った。貧乏人と一般人を隔てる境界線はエアコンにあるのだということを。あるいは、貧乏学生と一人前の社会人を隔てる境界線がエアコンだと言ってもいいかもしれない。貧乏学生にはとても手の届かない高嶺の花であるエアコンも、一人前の社会人として自立すれば簡単に手に入るということだ。

それからも何度か引越しをしたが、すべてエアコン付きの部屋だった。一度その快適さを知ってしまうと、もうエアコンなしの生活は考えられない。この空前の節電ブームであってもそれは同じで、若干の後ろめたさを覚えつつも、今日もついエアコンのスイッチを入れてしまう自分がいる。きっと、あの頃の生活にはもう戻れないんだろう。



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