11/07/17

スタインベックの名作「怒りの葡萄」の感想を語る

毎日あまりにも暑いので、休日でも外出するのが億劫になる。なにしろ、少し歩くだけですぐに汗が浮かんでくるから、できれば涼しいところでじっとしていたいと思ってしまう。ロードバイクでマザー牧場にアタックするなんてとんでもない。ということで、この時季はおのずと読書量が増えることになる。

お手軽なミステリーを読むのも悪くはないが、どうせならじっくり読めるものをと考えて手にしたのが、スタインベックの代表作である「The Grapes of Wrath」だ。以前から読みたいと思ってはいたのだが、そのあまりのボリュームに少々腰が引けていた。しかし、いざ読んでみるとやっぱり面白かった。

簡単な感想はこちらに書いてあるのだが、きっとだれも読まないだろうから、ここで改めてこの作品について語ってみたい。まずは、あらすじを以下に紹介しておこう。

物語の舞台は、不況にあえぐ1930年代のアメリカ・オクラホマ州。殺人の罪で4年間服役したトム・ジョードは、久しぶりに帰った自分の家が空き家になっているのを見て驚く。たまたま居合わせた友人に話を聞くと、このあたり一帯の小作農たちは、大地主に土地を追われて散り散りになってしまったという。伯父のジョンを訪ねたトムは、いまにもカリフォルニアに出発しようとしている家族と再会する。途中で知り合った元宣教師のケイシーも含め、総勢13人がおんぼろトラックに乗り込んでカリフォルニアを目指すが、期待に胸を膨らませてたどり着いたカリフォルニアは、ジョード一家の期待を大きく裏切る場所だった。

この作品をわかりやすく一言で表すならば、アメリカ版の「蟹工船」といったところだろうか。住み慣れた土地を追われ、仕事を求めてカリフォルニアにたどり着くが、そこでも仕事を求める人たちで溢れ、なかなか仕事が見つからない。ようやく見つかった仕事も、足元を見られて思い切り安い賃金でこき使われる。

最初は13人の大所帯で出発したのに、おんぼろトラックでの過酷な旅の途中で年寄りが亡くなり、さらに長男が逃亡し、続けて長女の旦那も逃亡し、元宣教師のケイシーが警察に逮捕され、主人公のトムも警察に追われ、物語の最後には家族6人だけになってしまう。とにかく、最初から最後までジョード一家にとっては過酷な状況が続く。

「蟹工船」も、ひたすら資本家に搾取され続ける労働者の悲哀を描いてはいるが、この作品の主題はあくまでも労働者の団結にあるのに対して、「怒りの葡萄」はそこまで「資本家対労働者」という構図はとっていない。むしろ、どんな過酷な状況でも誇りを失わずに生きていく人間の強さというものを描いている。

小林多喜二というと「蟹工船」ばかりが有名になってしまったが、「党生活者」という作品も彼の代表作だ。自分は、「党生活者」の方が好きだったりする。若い頃に初めて読んだときには「蟹工船」の方が面白いと思ったが、何度も繰り返して読むうちに、「党生活者」の方が面白いと感じるようになった。

「蟹工船」は、実は非常に単純なストーリーで、資本家が悪で労働者が善という大前提の下に、労働者の団結こそが資本家に対抗する唯一の手段だという明快なメッセージを伝えている作品だ。テーマが非常にわかりやすいだけに、強烈なストリー展開とともに読み手に力強く訴えてくる。

一方の「党生活者」は、地下にもぐって共産党の活動を続ける人たちを描いた作品だが、「蟹工船」とは違って、かなり人間臭い部分も描かれている。共産党員としての身分を怪しまれないようにするために知り合いの女性と偽装結婚した主人公が、党の活動を続けながらもこの女性に迷惑をかけていることに思い悩む部分など、人間臭くて面白い。

しかし、スタインベックの「怒りの葡萄」は、もっともっと人間臭い部分が描かれている。だから面白い。小林多喜二の場合、自分が共産党員として活動していたからだろうが、とにかく共産主義こそが正義という信念があって、小説もそういう視点で書かれているから、かなり硬直した部分がある。

結局のところ、小林多喜二は純粋な作家ではなく、純粋な共産党員だったということだろう。彼にとっての小説は、自分を表現する手段ではなく、単に共産主義の素晴らしさを世間に知らしめるだけの手段だったのだと思う。「蟹工船」と「党生活者」以外の作品も読んだことがあるが、どれも小説としてはイマイチなものばかりだった。

その点、スタインベックはやはり生粋の作家なのだと思う。資本家の横暴ぶりももちろん描いてはいるが、必ずしも「資本家対労働者」という対決の構造をとっているわけではない。スタインベックとしても、当然ながら左寄りの思想は持っていたのだろうが、それを前面に押し出してしまっては小説にならないと考えたのだろう。

登場人物の内面の感情を直接描き出すことはせず、あくまでも外面だけの描写にとどめ、後はすべて読み手の判断にゆだねているところがいかにもスタインベックらしい。抑えた筆致で淡々とストーリーを展開していきながら、読み手にいろいろなことを想像させ、深い印象を刻み付けていく。このあたりのテクニックはさすがに一流の作家だと思う。

しかし、「怒りの葡萄」のすべてが素晴らしいというわけでもない。この作品は、ジョード一家のメインストーリーと、それとは直接関係のないエッセイみたいなものが1章ごとに収録された構成になっているが、このわけのわからないエッセイみたいなものが邪魔だ。正直なところ、この作品にはまったく必要ないと思う。

スタインベックとしては、このエッセイみたいなもので自分の考えを表したかったのかもしれないが、だとしたらこんなに中途半端な形にせず、小説とは別の形で自分の意見を主張すればいいだけのことだ。こういうわけのわからない構成にして、せっかくの小説の面白さをスポイルする必要はないと思う。

そんな不満もないわけではないが、全体としては非常に面白かった。この作品を「社会主義小説」と捉える人も多いだろうが、自分はそれほど社会主義的なものは感じなかった。むしろ、人間の強さやたくましさを感じさせる佳作だと思う。大震災に見舞われて日本全体が消沈しているいまこそ、一読をお勧めしたい作品だ。



今週の覚書一覧へ

TOP