11/03/20

義捐金と買い占め

大地震から1週間以上が経ったけれど、ときどき大きな余震が来るから気が抜けない。こうも余震が続くと、なんだかいつも揺れているような気がする。いま揺れてるよね? と相方に聞くと、揺れてないよ、という答えが返ってきたり、その逆に、相方が揺れを感じているのに自分は感じないということも多い。身体の感覚がおかしくなっているようだ。

それにしても、今回の地震による被害の大きさには目を覆うばかりだ。最初は自分も帰宅難民を経験したことで少しばかり神経が高ぶっていたのだが、それが落ち着いてくると、被害のあまりの深刻さに言葉にならない心の痛みを感じるようになってきた。正直なところ、被災者の方々にかける言葉が見つからない。

テレビは連日地震関連のニュースばかりで、こうしたニュースを見るのも辛いのだけれど、民放のバラエティ番組を見る気にもなれないから、やっぱりこうした悲惨なニュースを見てしまうことになる。そして、街が津波に飲み込まれるシーンを何度も見ては、さらに心が沈んでいくという悪循環に陥っている。

こうした悲惨な状況を見るに見かねてだろう、有名人をはじめとして義捐金がものすごい勢いで集まっているらしい。有名人の場合、その額が話題になるが、ユニクロの社長は個人で10億円を寄付したというからすごい。年商が10億円に満たない会社なんていくらでもあるのに、個人でポンと10億円を出せるのだから桁が違う。

さらに、ユニクロの衣類を被災地に届けるという離れ業もやってのけたらしい。この衣類にはおそらく不良在庫も含まれているだろうから、企業のイメージアップを図りながら不良在庫も整理するという、まさに一石二鳥の離れ業だ。そうした意図が柳井社長にあったかどうかはわからないが、並外れたセンスだと思う。

そうした有名人たちの額にはまったくかなわないが、一般の人たちからの義捐金も続々と集まっているようだ。最近では、駅前に募金箱を持って募金を呼びかけている人たちの姿も目立つようになってきた。自分も何かしなければという思いからの活動だろう。こういう人たちを見ると、日本人の優しさというものを感じる。

だからこそ、こういう人たちの前を素通りするのはものすごく気が引ける。いや、別に募金したくないというわけではない。いくら貧乏な自分でも、困っている人たちのために気持ちだけでも義捐金という形で表したいとは思っている。しかし、どうせ義捐金を送るなら、街頭募金よりももっと確実な方法で寄付したいというだけのことだ。

街頭募金の人たちの良心を疑うわけではないのだが、募金詐欺というケースもないわけではないから、信用できる機関を通じて義捐金を送るほうが確実だ。それに、義捐金を送るのはいまではないという気もしている。今回の復興には長期間かかるだろうから、支援も長期間に渡って行う必要があるからだ。

それはともかく、今回の地震で日本中の人たちが心を痛めていることは間違いない。最近の日本人には人情がなくなったとよく言われるが、そんなことはない。いざとなれば団結してお互いを助け合う優しさと強さを日本人は持っている。資源の乏しい日本がここまで発展してこれたのも、そうした日本人の美徳があってこそだ。

また、これだけの大地震にも関わらずパニックが起こらないのは日本くらいのものだと外国のメディアが称賛しているらしいが、このあたりも日本人の美徳だと思う。地震発生直後に徒歩で帰宅したときにも感じたことだが、日本人は何よりも秩序を重んじる民族なのだろう。そうでなければ、あれほど整然とした行進はできない。

しかし、残念ながら買い占めに走る人も少なくないようで、このあたりは日本人として少しばかり恥ずかしい。なにしろ、どのスーパーやコンビニを覗いても、カップ麺やパンやレトルト食品の類が棚からきれいになくなっているのだ。米や麺などの主食類も、どこの店でも極端な品薄になっているらしい。

こうした食料品だけでなく、トイレットペーパーも品薄になっている。まるでオイルショックが来たかのような勢いで店頭からトイレットペーパーがなくなっているらしい。オイルショックといえば、ガソリンスタンドにも給油を待つ車が長蛇の列を作っていて、なんだかよくわからない状態になっている。

このあたりは群集心理というか、一種のパニック状態に陥っているのだろう。品薄になった棚を見て焦ってしまい、とにかくいまある商品だけでも買わなければ、という人たちが連鎖的に増えてしまった結果が現在の状態なのだと思う。みっともないことだとは思うが、こうした心理も充分に理解できる。

自分にしても、棚にポツンと1個だけ残っているカップ麺を見つけると、思わず買ってしまいそうになる。いやいや、こんなカップ麺を1個だけ買ったところで何の意味もないと思って通り過ぎるのだが、思わず買ってしまう人も大勢いるだろう。そして、それがまた品薄状態に拍車を掛けてしまうことになる。

結局、人間はだれでも自分が一番大事だということだ。どんなに被災地の人たちに同情し、どんなに多額の義捐金を寄付したとしても、ついつい目の前にある食料品やトイレットペーパーを買い占めてしまうのが人情というものだ。それが当然だし、悪いことだとは思わない。あとは、バランス感覚の問題だろう。



今週の覚書一覧へ

TOP