11/02/06

大相撲の八百長問題について考えてみる

ここのところ、大相撲の八百長問題で世の中は大騒ぎらしい。マスコミはここぞとばかりに、八百長は相撲ファンを裏切る許せない行為だ、などと正義漢面でいつものように正論を振りかざしているが、大相撲ファンの自分に言わせてもらえば、それほど顔を真っ赤にして怒るほどのことでもないと思う。

そもそも大相撲の八百長なんて、以前から公然の秘密だった。国民栄誉賞を受賞した大横綱のあの千代の富士でさえ、八百長の噂は絶えなかった。53連勝という記録を打ち立てたときも、そのかなりの部分を金で買っていたのではないかという噂が相撲ファンの間では囁かれている。

誤解のないように言っておくが、千代の富士は間違いなく強かった。もし八百長相撲があったとしても、それは自分の勝ちをより磐石にするためのもので、決して相手に勝てそうにもないから金で星を買うという発想ではなかったと思う。対戦相手にしても、どうせ千代の富士には勝てないから、星を売った方が得だと考えたのだろう。

記憶に新しいところでは、2009年夏場所の千秋楽で千代大海と把瑠都が対戦したときの相撲などは、誰がどう見ても八百長だった。カド番の千秋楽を7勝7敗で迎えた千代大海に対して、大きく負け越した関脇の把瑠都がよくわからない負け方をしたあの相撲は、あまりにも八百長すぎて、かえって笑ってしまった。

千代大海といえば、琴光喜と魁皇を加えたロートル大関三人衆の八百長くさい相撲もひどかった。千秋楽などでどちらかの力士が7勝7敗だったりすると、必ずといっていいほど7勝7敗の力士が勝ってしまうのだ。どちらも7勝7敗の場合は別だが、どちらか一方が勝ち越しのかかった相撲では、ほとんどが八百長だったと思う。

この三人の場合、大関の地位に残ることだけが目標だっただろうから、7勝7敗の相手に真剣勝負で勝って9勝6敗や10勝5敗になったところで、何の意味もない。だったら、今場所はわざと負けて、来場所以降で自分がピンチになったときに星を返してもらえばいいやと考えたとしても、何の不思議もない。むしろ、そう考えるのが普通だ。

ただ、この三人の間で金銭的なやり取りはおそらくなかっただろうと思う。そんな露骨なことをしなくても、阿吽の呼吸で理解し合っていただろう。しかし、金銭的なやり取りがなかったとしても、やはりこの場合も八百長ということになる。そう考えると、八百長相撲というのは決して少なくないということになる。

しかし、そういうこともすべて理解した上で大らかに楽しむのが、正しい相撲ファンの姿だと思う。少なくとも、自分はそう考えて毎場所の取り組みを楽しんでいる。きっと、ほとんどの相撲ファンも、いまさら八百長くらいで騒ぐなよ、と思っているに違いない。まったく、警視庁も無粋なことをしてくれたものだ。

結局のところ、こうしたことが問題になるのは、大相撲が純粋なスポーツなのか、それとも単なる興行なのかという線引きがあいまいになっているからだろう。八百長なんて許せん、と顔を真っ赤にして怒っている人たちは、きっと大相撲を純粋なスポーツとして捉えているのだろう。

一方、八百長なんて昔からあることじゃないか、いまさら騒ぐなよ、と今回の騒動にうんざりしている人たちは、大相撲を一種のショーというか、エンターテインメントとして楽しんでいるのだと思う。ショーなのだから、別に多少の八百長があってもいいじゃないの、という大らかな考え方だ。

自分もこの意見に賛成だ。そもそも、大相撲を純粋なスポーツとして見るのがおかしい。色鮮やかなマワシを締め、頭を大銀杏に結い上げ、大量の塩を撒くなんて、そんなスポーツがどこの世界にあるだろう。純粋にスポーツ性だけを追及するのであれば、地味なマワシ一本だけあればいい。

大銀杏や塩撒きだけでなく、力水、横綱の土俵入り、弓取り式、派手な化粧まわしなどなど、純粋なスポーツとしては無意味で無駄なものばかりだ。つまり、こうした様式美こそが、大相撲と純粋なスポーツとを隔てている最大の要因なのだ。八百長も、大相撲のこうした構成要因の一つと考えればいい、というのは言いすぎか。

それはともかく、今回の騒動で春場所が中止になる可能性が出てきたらしい。前回の野球賭博騒動のときには、NHKのテレビ中継の中止だけで済んだが、今回はそれ以上の処分になりそうだ。しかし、ここで春場所を中止してしまったら、相撲協会はますます追い込まれることになる。

相撲協会としては、これまでに八百長は一切なかったと主張してきたわけだから、ここで春場所を中止したらその主張を自ら否定することになる。おそらく、今回が初めての八百長だと言い訳をするつもりだろうが、そんなことは誰も信じない。なにしろ、これまでに散々八百長をしてきた(と思われる)人たちが理事になっているわけだから。

いずれにしても、今回の八百長騒動は相撲協会にとって最大のピンチであることは間違いない。このピンチをどう乗り切るのか、静かに見守りたい。それにしても心配なのが、自分が応援する稀勢の里のことだ。ようやく大関昇進への足がかりを作って勢いに乗っているときなのに、春場所が中止になったらその勢いがなくなったりしないだろうか。



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