11/01/16

首切り役人の憂鬱

日本全国にものすごい勢いで伊達直人が増殖しているらしい。最初にこのニュースを聞いたときには、なんてカッコいい人がいるんだろうと感動したが、同じような人がこうも増えてくると、そろそろ飽きてくる。こうしたブームは、最初の勢いがすごいほど、終わり方もあっけないものになる。このブームが細く長く続くことを祈るだけだ。

ということで、伊達直人の場合とは状況が異なるが、最近になって感動した話を紹介してみたい。それは、自分の先輩から聞いた話だ。この人は、自分が新卒で入社した会社の1年先輩で、たまたま大学の学部が同じだったということもあり、なにかと可愛がってもらった。ここでは仮にN先輩としておこう。

N先輩は競馬や麻雀などのギャンブルが好きで、ついでに酒や女も大好きという遊び人で、自分も麻雀と酒にはよくお付き合いさせてもらった。ただし、麻雀の腕は自分の方がずっと上だったけれど(などと書くと、いや、オレのほうが永橋よりもずっと強かったと、N先輩ならば間違いなく言うだろう)。

自分は5年間勤務した後にこの会社を辞めたのだが、N先輩もそれからしばらくしてこの会社を辞め、紆余曲折を経てとある大手の製造会社に転職した。転職した当初はまだ景気もそれほど悪くはなかったので、それなりに仕事も楽しかったらしい。しかし、ここ最近の不景気のせいで、会社の業績が一気に悪化した。

この会社は地方に製造拠点があるのだが、まずはその工場の全面閉鎖という形でリストラの嵐が吹き始めた。その工場に勤務する派遣社員やパートなどを含む何百人という従業員を一斉に解雇したのだが、その勢いで今度は営業や設計といった人間にまでリストラの大波が襲い掛かった。

ここで、人事部から首切り役としての任務を押し付けられたのがN先輩だった。各部署に対してリストラの目標人数がノルマとして課せられ、汚れ役を嫌った本部長が担当部長のN先輩に首切り役を押し付けた形になったらしい。N先輩にしても首切りなどしたくなかったが、会社からの命令に逆らえるわけもない。

一人ひとりを呼び出して解雇を告げるのだが、いきなり泣き出してしまう人や、明日からの生活はどうすればいいんですかと怒り出す人もいたりして、N先輩にしても精神的にかなりキツかったらしい。中には、自分が採用されたときに仕事を教わった年配の人もいて、こうした人に解雇を言い渡すときは特に辛かったとということだ。

とにもかくにも、そうして首切り役人としての汚れ役を嫌々ながらもこなしていたが、それでも会社が計算するリストラ人数にはまだ届かない。そしてついに、N先輩の直属の部下である2人の若い社員がリストラ対象に選ばれてしまう。この2人を切れと会社から命じられたN先輩は、悩み抜くことになる。

なにしろ、これまでに自分が何かと面倒を見てきた可愛い部下だ。出来の悪い子供ほど可愛いというが、この部下たちにしても同じことで、いろいろと指導するうちに情も移ってしまう。1人はまだ新婚ほやほやで、これからの人生に対して大いに希望を抱いている若者だ。そんな人間をどうして切れるだろう。

悩んだN先輩は会社に対して、自分にはこの2人を切ることはどうしてもできません、彼らをどうにかして会社に残してやってください、と直訴したらしい。しかし、ここで例外を認めてしまうと他の部署に対しても示しがつかないから、会社としては絶対に例外を認めるわけにはいかないという答えが返ってきた。

たしかに、この会社の言い分も理解できる。このあたりは、去年宮崎県で発生した口蹄疫における国と宮崎県との対立によく似ている。全頭殺処分という原則は曲げられないとする国と、せめて種牛だけは例外として認めてほしいという宮崎県との対立は、最終的には宮崎県側が折れる形で決着した。

しかし、最後の最後まで悩んだN先輩は、会社の命令に折れて可愛い部下を切るという道は選択しなかった。N先輩は会社に対して、「この2人分の給料と自分ひとりの給料はほとんど同じだから、自分が会社を辞めます。これならば、会社としても帳尻が合うでしょう。だから、あの2人は残してやってください」と言ったらしい。

こうして会社を辞めたN先輩は、今度は自分の転職先を探すことになる。いくらこれまでのキャリアがあるとはいえ、すでに40代後半になったN先輩にとって、転職活動はそれほど楽なものではなかったらしい。しかし、最終的には大手保険会社に転職できたのだから、やはり実力があるのだろう。

この話を聞いて、あのギャンブル好きで酒好きで女好きの先輩のどこにここまでカッコいい一面が潜んでいたのかと、思わず感動してしまった。自分がそう言うと、いや、あのまま首切りを続けていたら精神的におかしくなりそうだから辞めただけだよ、と先輩は笑っていたが、なかなかできることではないと思う。

匿名のタイガーマスクもカッコいいけれど、自分を犠牲にして部下を守った先輩も激しくカッコいいと思う。もし自分が同じ立場になったとしたら、先輩のように決断できたかどうかわからない。そもそも自分の場合は、そうした管理職にすらなれないという問題があるのだが。



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