10/05/30

坂本龍馬という名の虚像

先週の日曜日に、江戸東京博物館で6/6まで開催されている坂本龍馬の特別展を見てきた。龍馬ファンを自認する人間として、この展示はぜひとも見ておきたかった。なにしろ、龍馬直筆の数々の手紙や龍馬が帯刀していた吉行なども展示されるというのだから、絶対に見逃せない。

ところが、実際に展示室に入ってみると、室内は押すな押すなの人だかりで、落ち着いて見学などできたものではない。大河ドラマの影響だろうか、にわか龍馬ファンも大勢いて、的外れな感想や意見などが耳に入ってくるのも落ち着かない。いや、それはそうではなくてね、などと小一時間語って聞かせたくなる欲望を抑えるのに苦労した。

ついでだから、ここで大河ドラマについて書いておこう。08/11/09の覚書にも書いたが、龍馬ファンであると同時に福山雅治のファンでもある自分としては、龍馬という骨太の人物を線の細い福山雅治が演じるということに不安を抱いていた。しかも、福山の演技はお世辞にも上手いとは言えない。

しかし、ここまでの放送を見る限りでは、なかなか頑張っているようだ。もちろん、本人としても頑張っているのだろうが、脇を固める役者さんたちの頑張りにもかなり助けられていると思う。特に、武市半平太を演じる大森南朋と、岩崎弥太郎を演じる香川照之がいい。さらに、この二人のうちでも香川照之が特にいい。

香川照之が最初にデビューしたときには、どうせ親の七光りでデビューしたロクでもないヤツだろう、くらいにしか思っていなかったのだが、いつの間にかものすごく魅力的な役者として成長していたらしい。いまでは、ドラマを観ながら香川照之の出番を心待ちにしている自分がいるくらいだ。

それはともかく、坂本龍馬という人間はなぜこれほど人気があるのだろうか。やはり、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の影響が大きいだろう。この作品で描かれた坂本龍馬という人間があまりにも魅力的だったため、これを読んだ人たちの心の中には、英雄としての坂本龍馬像がしっかりと出来上がってしまったのだろう。

この作品は文庫本にすると8巻にもなる大作で、龍馬が19歳で最初の剣術修行のために上京するときから始まり、最後は33歳の誕生日に何者かに暗殺されるまでを描いたものだ。4巻くらいまでは、現存する資料が少ないということもあってか虚実を織り交ぜたフィクション仕立てになっているが、5巻目以降はかなり史実に忠実な形で描かれている。

何の予備知識も持たずにこの作品を読むと、作中の出来事すべてが事実のように思えてしまうが、実際には司馬さんの創作も多い。また、司馬さん自身も事実と信じて書いていたことが、後の調査によって事実ではないと判明した例もいくつかある。つまり、この作品における龍馬像には嘘が多いということだ。

たとえば、龍馬は2度にわたる江戸での剣術修行で北辰一刀流の免許皆伝を許された剣の達人というのが通説になっているが、実際にはそうした事実を証明する資料は残っていない。それどころか、田舎の少年剣士にすらコロコロと負かされたというような話も残っていて、龍馬の剣の実力を疑問視する声は多い。

また、江戸に剣術修行に来ていた各藩士たちを集めて道場対抗の御前試合が開催されたという場面が「竜馬がゆく」に登場する。この中で龍馬は、桂小五郎をはじめとする猛者たちを次々に打ち破って優勝するのだが、これも嘘だ。この御前試合の記録はたしかに存在するのだが、この記録自体が後から捏造されたものらしい。

では、龍馬がやり遂げたといわれる歴史的な偉業についてはどうだろうか。たとえば、薩長同盟が成立したのは龍馬の力によるところが大きいといわれているが、それは龍馬の側に立って物事を見た場合の見方であり、これが長州藩または薩摩藩の立場から見た場合は違った見方になる。

当時は、長州藩も薩摩藩も、幕府に対抗するためにはお互いが手を組む以外にないと考えていた(特に、政治的な感覚に長けていた薩摩藩は同盟の必要性を強く感じていた)。しかし、それまでの経緯があるため、自分からは簡単に同盟を申し込むことはできない。そこに現れたのが、両方の藩に顔が売れている龍馬だった。

薩摩藩の西郷隆盛にしてみれば、薩長同盟の必要性を説く龍馬の存在はきっと好都合だったに違いない。坂本龍馬という何のしがらみのない人間を表に立てて上手く利用することにより、自分の立場を危うくすることなく薩長同盟を成立させることができたわけだから、これほどうまい話もないだろう。

大政奉還についても、龍馬が中心となって成し遂げたというのが通説になっているが、これも怪しい。大政奉還の発案者は別にいて、龍馬はその人物の受け売りで大政奉還を唱えていただけだという説もあるし、大政奉還実現のために実際に動いたのは土佐藩の後藤象二郎で、龍馬は受け売りのアイディアを後藤に教えたに過ぎないという説もある。

なんだかアンチ龍馬みたいになってきたが、要は見方を変えるだけでいろいろな意見が出てくるということだ。自分も最初に「竜馬がゆく」を読んだときには感動して、司馬さんの描く龍馬像に心酔したのだが、それからさまざまな書籍などを調べていくうち、次第に虚像の坂本龍馬という存在に気付くようになった。

だからといって、坂本龍馬という人間に幻滅したかというと、まったくそんなことはない。たしかに、「竜馬がゆく」に描かれているような英雄ではないかもしれないが、それでもやっぱり魅力的な人間だと思う。龍馬の特別展に展示されていた多くの直筆の手紙を実際に目にして、その思いをさらに強くした。

龍馬はものすごく筆マメな人で、どんなに忙しく動き回っているときでも、故郷への手紙を絶やすことはなかった。その手紙には身内の人たちに対する気遣いが記されていて、国事に奔走しながらも、常に身内の人たちのことを思いやる龍馬の優しい姿が浮かぶ。こういう人物だからこそ、多くのひとたちに愛され続けているのだと思う。



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