10/04/25

電子書籍の可能性

めったに書込みのない掲示板に電子書籍に関する書込みがあったので、今回はこれをネタにして書いてみたい。

保守的な日本の出版業界では電子書籍はまだまだ普及していないが、新聞業界では日経新聞が電子版の配信を開始するなど、従来の紙媒体の分野にも着実に電子化の波が押し寄せているようだ。これから10年後、あるいは20年後には、電子書籍のシェアが紙の書籍のシェアを抜くだろうと予想している。

考えてみればこれは自然な流れで、場所も取らずに携帯にも便利な電子書籍が登場すれば、やたらと場所を取って持ち運びにも不便な紙の書籍が駆逐されるのは当たり前のことだ。こうした新しいメディアが普及する過程においては、まずハードウェアの開発が先行して、その後ソフトウェアが充実してくるという流れになる。

電子書籍の場合も同じで、とりあえずいくつかのデバイスは登場しているため、後は肝心のソフトウェアの充実を待つだけだ。その点、さすがにアメリカは日本の先を進んでいて、アマゾンでは「キンドル(kindle)」という電子書籍専用のデバイスを開発し、それに合わせて書籍も大量に電子化を進めている。

このサイトを訪れてくれる人たちには釈迦に説法だろうが、「kindle」とは「火を点ける」という意味の単語だ。基本的な単語なので知らない人はいないだろうが、もしかしたらはじめて見たという人もいるかもしれないので、とりあえずこの単語にもゴロを付けておこう。

単語: kindle 意味: 燃やす、火を点ける 語呂: 「金・ドルで女子の心に火を点ける
金持ちだがモテない男子が、たまたま入ったキャバクラの女子に一目ぼれをした。それからせっせと店に通うが、どうしても店外デートに応じてくれない。それならば実弾攻撃だとばかりに、金塊とドル紙幣を女子の目の前に積み上げる男子。心に火を点けられた女子は、ついに店外デートをオッケーする。そして、衝撃の結末が!

さて、このキンドルについて少しばかり調べてみたのだが、なかなかのすぐれものらしい。辞書が内蔵されていて、知らない単語をポイントするだけで単語の意味が表示されるのは当然で、そのほかにも音声による読み上げ機能や多彩な検索機能など、いろいろと便利な機能が付いているということだ。

ということは、すべてのページから特定の単語だけを検索するなんていう機能も当然のように付いているのだろう。自分がペーパーバックを読むときにいつもストレスに感じるのが、忘れた頃に現れる登場人物名だ。コイツは誰だっけ、最初に登場したのはどこだっけ、とそのたびにページを戻って探すのだが、これがかなりのストレスだ。

しかし、キンドルを使えばそんなストレスも解消されるというわけだ。たったこれだけのことでも、かなり魅力的だ。

また、キンドル本体だけで電子ブックをすぐにダウンロードできるというのも素晴らしい。紙の書籍の場合、図書館や書店に行ってあれやこれやと物色しなければならないし、ネットで注文するにしても、実物が手元に届くまでにはある程度の時間がかかる。それがキンドルならば、ものの1分もあれば欲しい本がすぐに手に入るのだ。

こうした電子書籍が普及すれば、出版業界にとっても追い風になるのではないだろうか。電子書籍ならば製本や流通にかかるコストは大幅に安くなるだろうから、その分書籍の価格も安く設定することができる。そうなれば、読者の裾野も大きく広がる可能性がある。

現在のようにハードカバーが1冊1,500円もするのでは、本が好きな人間にとっても気軽に出せる金額ではないが、これが1冊数百円くらいになれば、普段はあまり本を読まないような人でも、ためしに買ってみようという気になるだろう。価格の下落分は製造コストの低下でカバーできるから、読者の数が増えればそれだけ利益も上がることになる。

また、電子書籍の普及は出版側にとってのメリットだけでなく、創作活動を志す作家志望の人たちにとっても大きなメリットになると思う。これまでは、自分の作品を世の中に出そうと思ったら、文芸賞に入賞するという才能のある人でもない限り、大金を払って自費出版するしかなかった。

しかし、電子書籍が普及すれば、こうした高い製造コストを払う必要はなくなるため、自費出版のハードルが一気に下がるだろう。そうなれば、いままで埋もれていた才能が見出される可能性も格段に高まるわけで、作家志望者にとってはチャンスが広がると思う。

ということで、いいことづくめのように見える電子書籍だが、紙の書籍がすべて駆逐されるということはないと思う。おそらく、数十年後も紙の書籍はしぶとく生き残っているだろう。それは、自分も含めて、「やっぱり本は紙で読まなくちゃね」というアナログ人間が存在するからだ。

これは自分だけなのかもしれないが、パソコンの画面で文章を読むのはあまり好きではない。というか、できれば読みたくはない。ブログなどの短い記事を流し読みするのはそれほど苦痛には感じないが、長文を読むのはなんだか疲れて読む気にならないのだ。

だから、画面上で読むのと、紙の質感を手で確かめながら読むのとでは、やっぱり違う。なんと言うのか、「読んでいる」という実感があるのだ。分厚い本を読むときなど、ここまで読んだということが常に一目でわかるのがいい。参考書や問題集が手垢で次第に汚れていくあの感じも悪くない。それもこれも含めて、紙の書籍には捨てがたい味がある。



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