10/04/11

モームの名作「人間の絆」の感想を語る

サマセット・モームの代表作として有名な「Of Human Bondage (邦題: 人間の絆)」を読んだ。自分はモームが好きで、彼の短編についてはすべて読んでいるのだが、この作品は「超」が付くほどの長編であるため、モームの代表作であるにも関わらず、いまひとつ読むきっかけがつかめなかった。

しかし、モーム好きを自認するのであれば、この作品だけは絶対に読んでおかなくてはいけないと思い、ようやく重い腰を上げて読んでみたところ、激しく面白かった。ペーパーバックのページにも簡単な感想を書いておいたのだが、きっと誰も読まないだろうから、ここで改めてこの作品について語ってみたい。

まずは、あらすじを以下に紹介しておこう。

幼い頃に両親を亡くしたフィリップは、牧師の伯父夫婦に引き取られて育つ。生まれつき足に障害を持つフィリップは、神学校で級友たちの嘲笑の的となり、やがて信仰心を失っていく。神学校を卒業したフィリップは、伯父の勧めに逆らってドイツに留学し、帰国後は会計事務所に見習いとして就職するが、仕事にまったく興味を持つことができない。会計事務所を1年間で辞めたフィリップはパリで絵の修行を始めるが、自分には絵の才能がないことに気付き、ロンドンに戻って医学の道を志す。そんなフィリップの前に現れたのは、行きつけのカフェでウェイトレスとして働くミルドレッドだった。ミルドレッドの素っ気ない態度に最初こそ反感を抱いていたフィリップだったが、やがて自分でもどうしようもないくらいにミルドレッドに惹かれていく。

この作品はモームの自伝的な小説として知られているが、すべてが事実というわけではなく、当然ながら小説としての脚色もなされている。たとえば、作中のフィリップには足の障害があるが、モームには足の障害はなく、代わりにひどい吃音癖に悩まされていたらしい。

しかし、モームのおおよその人柄というのは、フィリップというキャラクターを通してかなりの部分が正直に描かれているのだと思う。そして、小心者の自分も、このシャイなフィリップに共感するところが多くあり、なんだか他人のようには思えないほど気持ちが理解できた。

この作品では、人生の意味というのがひとつのテーマになっていて、ストーリーの最後にフィリップは「人生には意味などない」という結論に達するのだが、これまた激しく共感できた。自分も以前から人生には意味などないと考えていて、07/02/11の覚書にもそうした考え方を書いている。

だから、モームも同じような考えを持っていたことがわかって、なんだか嬉しくなったのだ。自分にはモームのような才能はないけれど、人生に対する考え方には共通するものがあるわけだ。とりあえず、自慢してもいいっすか。これからは履歴書の特技欄に、「モームと同じ考えを持っていること」なんて書いてもいいっすか。

それはともかく、思い切り自分勝手に解釈すると、モームは次のようなことを言いたかったのではないかと思う。

人生には意味などないから、失敗や不幸をことさら嘆く必要はない。だって、元々そうしたことに意味はないのだから。そう考えれば、人間は生まれながらにすべてにおいて解放された自由な存在なのだ。だから、人生に意味を見出そうとする宗教には意味がない。

なんだか逆説的になるが、あえて人生に意味を求めないことによってあらゆる苦悩から解放されようとしたのだろう。人生に意味や目的を見つけようとして逆に心を縛ってしまう宗教とは正反対の考え方で、モームの生い立ちを考えると非常に興味深い発想だと思う。

まあ、こうした小難しいことを考えなくても、この作品は充分に楽しめる。なんと言っても素晴らしいのが、どうしようもなく性悪な女子として描かれるミルドレッドだ。自分を飾り立てることばかりに興味を持ち、相手の気持ちを思いやることのできないミルドレッドが素晴らしい。彼女自身には悪気はなく、ただ自分に対して正直な人間なのだろう。

そして、こういう性悪女にどうしようもなく惹かれていくフィリップの情けなさもいい。どうしてこんなひどい女子に振り回されてしまうのかと歯がゆく思うのだが、同じ男子としてはフィリップの気持ちもわからないではない。理屈では説明できない感情というのは、男女の間では必ず存在するものだ。

この作品でもうひとつ素晴らしいのは、フィリップが絵の修行のために訪れるパリでの生活だ。生活は貧しいが、将来への希望に満ち溢れ、周囲の景色が素晴らしく美しいものに感じられるという感情は、ものすごく理解できる。そういった根拠のない自信を持てるということこそが、若さの特権なのだ。

この作品を読んで、自分もパリに絵の修行に行きたくなった。場末のカフェで安い酒を飲みながら、仲間たちと芸術論を戦わせてみたい。そういう生活って、なんだかものすごく憧れる。その後の生活の心配さえなければ、2〜3年の期間限定でぜひとも体験してみたいが、自分には芸術的センスがまったくないのが問題だ。

なんだかまとまりもなくダラダラと長くなってしまったが、結論としては激しく面白かったということだ。かなり長い小説なのでそれなりの心構えが必要になるけれど、機会があればぜひ読んでみてください。性悪女のミルドレッドにはイライラさせられるかもしれないけど、爽やかな読後感は保証します。



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