10/01/24

足利事件から学ぶべきこと

足利事件で釈放された菅谷さんの再審がいつの間にか始まっていたらしい。その第5回目の公判で、当時の担当検事が証人として呼ばれ、菅谷さんが語気を荒げてこの検事に詰め寄ったということだ。自分を刑務所に送った張本人を目の前にして、菅谷さんも冷静ではいられなかったのだろう。

この検事さんは、菅谷さんに対する謝罪の言葉を最後まで口にしなかったということで、マスコミからは悪者扱いになっているような感じだが、正直なところ、この人はそれほど悪くないと思う。精度が低いとはいえDNA鑑定の結果はクロだし、すでに自白もしているわけだから、犯人だと思い込むのは無理もない。

最初から犯人だと思い込んでいるわけだから、菅谷さんがいくら無実だと訴えたところで、そんな言葉が検事さんの胸に響くわけがない。余計に印象が悪くなって、さらにひどい扱いを受けるのがオチだ。この検事さんの本音としては、「ちゃんと捜査しておけよ、警察は」くらいのところだろう。

また、菅谷さんに対しても、「本当に無実なら、どうして嘘の自白なんてしたのか」という批判もあるようだが、この批判もどうかと思う。自分はこうした冤罪事件に興味があって、これまでに何冊か冤罪事件についてのノンフィクションを読んだことがあるが、嘘の自白というのは驚くほど頻繁に起こりうるものらしい。

朝から晩まで執拗な取調べを受け、人格すら否定するような言葉の暴力にさらされると、気持ちの強い人でも簡単に心が折れてしまうものらしい。また、自白をすることにより、取調べをする刑事と心が通じ合ったような気になるものらしい。こうした心理も、嘘の自白を引き起こす原因になるのだろう。

さらに、こうした人たちに共通するのが、「いまはとりあえず嘘の自白をしておいて、裁判になったら本当のことを言おう。裁判官なら、何が真実なのかを正しく判断してくれるはずだ」という考えだ。しかし、実際に裁判が始まって無実を訴えても、裁判官も自分を犯人だと思い込んでいることを知って愕然とするわけだ。

結局、今回の冤罪事件で一番責任があるのは誰かと考えると、DNA鑑定を行った担当者ということになるだろう。この担当者が正しい鑑定を行ってさえいれば、今回の悲劇は起こらなかった可能性が高い。そういう意味で、菅谷さんが最も怒りを抱くべきは、この担当者だと思う。

それにしても、当時はいくら精度が低かったとはいえ、何百分の一くらいの精度はあったわけだから、これほどの確率でDNAが一致するというのもいまから考えると怪しい。この鑑定を行った担当者も菅谷さんがクロだと思い込んでいたため、精度が低いのをいいことに、恣意的に鑑定結果を操作したのではないか。

とにかく、人間の思い込みというのは恐ろしい。菅谷さんが犯人だと警察が最初に思い込んだ時点で、今回の冤罪事件はすでに起こっていたのだろうと思う。しかし、捜査や裁判から思い込みを完全に排除することはできないだろう。だって、人間だもの(by みつを)。

では、今回のような悲劇を起こさないためにはどうすればいいのかと考えると、もっと簡単に再審を行うことができるような制度を作る必要があると思う。現在のように再審への壁が高くて厚いのは、「ここで再審を認めたら、先輩の判決を否定してしまうことになる」という遠慮があるのがその一因らしい。

裁判官も組織の一員だから、こういう心理が働くのも無理はないことだと思うが、だからといって菅谷さんのような無実の罪を着せられる人が出てもいいということにはならない。人間だから絶対に間違いはある。その間違いを素直に認めて再審への道を開くことが、冤罪に苦しむ人に対するせめてもの償いだろう。




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