YUKIO MISHIMA 




 説明不要の三島由紀夫。ということで、経歴の紹介は省略。
 三島由紀夫の作品は、若い頃に何冊か読んだことがあるけれど、あまりにも難しくて理解できなかったものもあった(たとえば、「金閣寺」とか)。それなりに読書経験を積んできた今読んでみたら、あの当時には理解できなかったものも見えてくるかもしれないと思い、改めて英訳版を読んでみた。まあ、ただ無駄に本を読んできただけで頭がよくなったわけではないので、難しいものは難しいということになるわけだけれど。




AFTER THE BANQUET  Translated by Donald Keene 16/12/11 更新

 読み易さ 
 面白さ    そこそこお勧め

大物政治家などが利用する高級料亭の「雪後庵」を経営する福沢かづは、毎日充実した生活を送っていた。そんなある日のこと、元大臣の野口雄賢と知り合い、その誠実で無骨な人柄に惹かれ、ついに結婚することになる。結婚してからも雪後庵の経営を続け、週末だけ野口の自宅に戻るという「通い婚」をしていたかづだったが、野口が革新党から都知事選に立候補することになり、革新党の選挙対策を担当する山崎とともに精力的に選挙運動を展開していく。これまでに蓄えた貯金をつぎ込み、それも足りなくなると雪後庵を抵当に入れて選挙資金を確保するかづだったが、そうしたやり方を嫌う野口に叱責されてしまう。ライバルである保守党は、その圧倒的な資金力にものをいわせて強引な選挙運動を展開し、最初は野口優勢かと見られていた情勢が次第に危うくなっていく。

 プライバシー裁判ばかりが有名になってしまった感じがする「宴のあと」だけれど、純粋に一つの作品として読んでみると、非常に面白い小説であることがわかった。バイタリティにあふれた情熱的なかづと、融通の利かない謹厳実直な野口との対比が鮮やかに描かれていて、奥行きのあるストーリーになっている。政治家のくせに、あまりにも潔癖すぎる野口よりも、かづのような女性の方がずっと政治家に向いているのにと読者に思わせるところがうまい。かづのモデルになった実際の女性がどのような人間だったのかは知る由もないけれど、こういう女性に愛されたらいろいろな意味で大変だろうなと思ってしまう。



THE SOUND OF WAVES  Translated by Meredith Weatherby 16/11/20 更新

 読み易さ 
 面白さ    そこそこお勧め

物語の舞台は、伊勢湾に浮かぶ三重県の歌島。島の高校を卒業したばかりの新治は、漁師として毎日のように海に出ていた。そんなある日のこと、浜で見知らぬ少女と出会い、好意を抱くようになる。初江と名乗るその少女は、島一番の実力者である宮田照吉の娘で、幼い頃に養女に出されていたのを引き取られ、島に戻ってきたのだという。やがて人目を忍んで二人きりで会うようになるが、その現場を目撃されて島中の噂になってしまう。それを耳にした照吉は激怒し、二人を引き離そうとする。秘密の手段で毎日やり取りする手紙だけが二人の心をつないでいたが、照吉の所有する貨物船に見習い船員として乗らないかという話が新治のもとに来る。その船には、初江を自分の妻にしようとたくらむ川本安夫も乗り組むという。ライバルである二人を同じ船に乗せようとする照吉の意図は何なのか。

 三島由紀夫の代表作の一つである「潮騒」だが、三島らしからぬ明るい雰囲気の小説で、非常に面白かった。小さな漁村で生きる人たちのたくましさや、島ならではの閉塞感などもリアルに描かれていて、歌島のさまざまな情景が浮かんでくるようだ。ストーリー展開も、若い二人が出会って恋に落ち、お互いの気持ちを確認し合うが、やがてライバルが登場し、父親に交際を反対され、島中の噂になりながら、それらの試練を耐えて最後にはハッピーエンドという、恋愛小説の王道を行くような展開で、安心して読むことができる。難解な三島や妖しい三島もいいけれど、明るい三島というのもかなりいい。



THE SAILOR WHO FELL FROM GRACE WITH THE SEA  Translated by John Nathan 16/11/06 更新

 読み易さ 
 面白さ   

横浜の山手で高級ブティックを経営する未亡人の黒田房子は、13歳の息子の登と二人で生活していた。船が好きな登にせがまれて、横浜港に寄港した貨物船の見学に出掛けた房子は、二等航海士の塚崎龍二と知り合い、たちまち恋に落ちる。わずか三日間という短い休みを終えた龍二は、また船に乗って日本を離れるが、登はそんな龍二のことを英雄として崇拝する。やがて冬になり、房子の元に戻ってきた龍二は、船乗りをやめて房子と結婚することを決意し、ブティックを経営するための勉強を始める。そんな龍二に幻滅した登は、友人たちとともに恐ろしい計画を立てて実行に移す。

 「夏の章」と「冬の章」という二部構成になっていて、夏の章では房子と龍二が出会ってから分かれるまでを描き、普通のメロドラマとして完結しているが、冬の章では、登とその友人たちによる恐ろしい計画の標的として龍二が狙われるという展開になっている。正直なところ、ラストの展開があまりにも唐突すぎるというか強引すぎるような気がして、どうにも好きになれない。船乗りをやめて俗世界に身を投じた龍二に幻滅する登の気持ちはわからないでもないけれど、だからといってそこまでする必要があるのか、ものすごく疑問だ。というか、普通の13歳の男子だったら、絶対にこういう思考回路にはならないと思う。この作品の狙いはわからなくもないけれど、とにかく現実的にあり得なさすぎる展開で、所詮は小説だからね、と割り切れないものを感じてしまう。



THE THIRST FOR LOVE  Translated by Alfred H. Marks 16/10/09 更新

 読み易さ 
 面白さ   

若くして夫を亡くした悦子は、義父の弥吉とその息子夫婦たちが住む大阪の家に身を寄せる。弥吉に求められるままに体を許す悦子だったが、悦子の心は若い使用人の三郎に惹かれていく。ある日、悦子は三郎のために靴下を買って渡すが、その靴下が新品のままでゴミ箱に捨てられているのを見つける。悦子は三郎を問いただし、靴下を捨てたのは自分だと三郎は認めるが、そのやり取りを聞いていた使用人の美代が、犯人は自分だと名乗り出る。お互いをかばいあう三郎と美代を見て、悦子は美代に対する嫉妬に苦しめられるようになる。そして、美代が三郎の子供を身ごもったことを知った悦子は、非情な行動に出る。

 「愛の渇き」は今回初めて読んだけれど、なかなか面白かった。簡単に言ってしまえば、愛に飢えている女子が、頭が空っぽで愛については何も考えたことすらない男子に振られて逆切れするというだけのお話だ。この三郎の単純さというか純粋さというかバカっぽさは本当に見事で、三郎を通して描かれる「特に何も考えていない若い男子」という像には、時代や環境の違いを超えた普遍性がある。本当に、「どこにでもいるよな、こういうヤツって」と思わされてしまうのだ。三郎が善人なのか悪人なのかということではなく、圧倒的なリアリティを持った人間として描かれているということだ。
 では悦子はどうかといえば、これもよく描けていると思う。勝手に嫉妬を募らせていくところや、自分の意志に反する矛盾した行動をとるところなど、異性の心情をよくぞここまで細かく描写できるものだと感心する。ただ、ラストがあまりにもドラマチックすぎて、ちょっとついていけなかった。



DEATH IN MIDSUMMER  16/09/11 更新

 読み易さ 
 面白さ   

表題作の「Death in Midsummer(真夏の死)」を含む13編を収めた短編集。

 どの作品も面白かったが、一番強烈だったのは何といっても「Patriotism(憂国)」だ。新婚の陸軍将校が、二・二六事件で叛乱軍として蜂起した仲間を討伐しなければならなくなり、悩んだ末に自害する道を選び、妻もそれに従って自害するというストーリーだが、前半の美しくて静かな、それでいて激しい描写から一転し、後半の切腹シーンは、あまりにもリアルで生々しい描写が続き、読んでいて気分が悪くなったくらいに迫力がある。これは1961年に書かれた作品だが、この頃からすでに自身の最期というものを意識していたのだろうか。難しい理屈などは抜きにして、その強烈な描写は一読の価値があると思う。
 「Three Million Yen(百万円煎餅)」については、何度読んでもオチの部分の意味がわからなかったので、Wikipediaで調べてみてようやく、そういうことだったのかと納得した。リアルタイムでその時代に生きている人間でなければ、このオチを即座に理解するのはおそらく無理だろう。



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